Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

見立て

先日のカウンセリングは私が話すのではなく、先生が講師をしているカウンセリングセミナーの感想と質疑応答だった。

カウンセリングセミナーはカウンセリングの見立てをするために、類型をひとつずつ学びながら進んで行く。

見立てが間違っていたり、ずれていたりすると、悩みの解決の糸口や突破口が見つからない。

それほどまでに見立ては大事だ。

セミナーで学ぶたび、私は、私の見立てと彼の見立てを整理していくことになる。

より正確で実態に近いデッサンを描くように消しては描き、消しては描き。

セミナーでは大きな類型を学ぶが、その中には更に下位項目が存在する。

稀な下位項目になればなるほど、心の目を凝らして、深く潜らねば、見えてこない世界だ。

 

先生は私が異邦人だとすぐにわかったという。

異邦人が通常の心理発達を遂げられず、異邦人となるのは養育者が一定部分で心理発達が留まる成人学童期か発達障害や知的障害がある場合だ。

だから、私の親を先生は最初、知的境界域なのではないかと思っていたらしいが、私の親に対する印象はそれではなかった。

教科書を手に入れたときから、予習をして、私も考え込んだが、まとう気配、印象がどうしても合わないのだ、と私は先生に言った。

それは私が、私の親が知的障害だということを受け入れたくないからなのか、本当に違うのか、私にもだんだんわからなくなる。

私の両親への印象は少し前、世間をさわがせた小保方晴子さんと繋がる。

見えている、信じている世界が違う人。

そして、その世界になるように人々を読み、環境を操るサイコパス的な要素が感じられる人。

今回のセミナーでは知的障害、知的境界域の実例を交え、学んだが、私のその印象は正しかった。

私の両親はやはり知的障害群ではないのだ。

 

先生はわかってきたね、と言った。

先生は私のことを異邦人だけれど何かが違う、この独特さは解離のせいかと思われたが、それだけでもない、普通の異邦人にはないものがある、と感じていたらしい。

今まで見てきた中で私に近い印象のある人は、何人もいない、その中で近いのは統合失調症の親を持つ異邦人だったという。

統合失調症を簡単に言うのは難しいが、あえて、簡単に言うならば「違う世界」にいっているときと「現実の世界」にいるときがあり、その狭間で揺れる人たち、そんな感じだろうと私は思う。

違う世界よりの親、現実の世界よりの親を、知識もなく、前例もないままに、両方、目にする子供はどちらが正しいのか、自分の見間違いなのか、夢なのか、気のせいなのかを延々、情報を集め、考え、検証することになるわけである。

私の親は統合失調症ではないが、上記に書いたように小保方さんぽいのである。

STAP細胞のある世界に生きている小保方さんである。

現実にSTAP細胞はないのに。

そこをいくら指摘しても、ある世界に生きている人には全く通じない。

私は私の見えているものを疑って育った。

親が正しいのか?私が正しいのか?なんで?どうして?わからないの?みえないの?私のほうがおかしいの?

幼少期から正解がわからない世界に長くとどまりながら考えることで、私は知らず知らずのうちに不確実性への耐性ができていた。

不確実なものを不確実なまま、考え、見つめ続ける力だ。

それは、呼吸のできない水の中に長くいられるのと似ている。

通常なら、そんなに長くはいられない。

でも、私は生まれながらにほとんど水の中だったのだ。

そのせいで、普通より少し深くに潜れる。少し長く潜れる。

だから、多くの人にはみえない水の底にあるものが見えるときがある、多くの人が見えないなにかを拾って来れるときもある。

更に私には、お人形のように育てられた部分がある。

写真の中の私はいつも可愛い高級な子供服を着ている。

小学校に上がった時のランチョンマットも給食袋もお稽古バッグも母のお手製でどれもお揃いでマリメッコの生地だった。

急に家がなくなるから好きにしろといわれた履歴もありながら、小さい子がリカちゃん人形にかけたような愛着だが、かわいがられた履歴もあるのだ。

だから、私は愛着というものの気配を知っている、それは充分とはいえなかったけれど。

そこが異邦人と一線を画す点だ。

異邦人だが、完璧な異邦人ではない、そんな微妙な位置。

それが私にある独特さというわけだ。

そして、同じものが彼にもあると先生は言う。

彼の言動もやはり異邦人のそれとは少し違っていて、あなたたちは良く似ている、先生はそう言った。

 

先生は本当にすごい確率だと繰り返し言う。

彼も私も、異邦人だが、完璧な異邦人ではない。

そんな珍しい人たちが引き合うことがあるということが先生は不思議で仕方がないようだ。

非定型のなかでも更に非定型だね。

20年近い先生の臨床経験に基づいた皮膚感覚から来るのであろうその言葉は私には「彼の見立ては難しい」と響く。

私は、私だから、私のことを話せるが、私は彼ではない。彼は先生の前には現れない。

つまり、彼の見立ては私の記憶と印象次第なのだ。

2年前、彼が私にしてくれた話。

私はその話と彼の状況から、深い深い水の底に「何か」があるのを見た。

それで、私はいてもたってもいられなくなったのだと思う。

そこから、私は猛勉強をしたのだから。

無謀すぎる、と思うし、不気味すぎる、とも思う。

私が彼だったら確実に意味がわからない、怖すぎると思うだろう。

でも、私は「何か」を明らかにせねばならない、明らかにしたいのだ。

何故なのかわからない。

 

私は誰かに完全に狂ってるねといわれたら認めるしかない。

先生は私に彼の見立てをしっかりやろう、きっとそれでわかることがあるから、やるしかない、と言った。

私の狂い方に気圧されて、先生も狂っているのかな、そんなことを少し思った。

だって、こんなカウンセリング聞いたことないでしょう。

だって、私、意味わからなすぎでしょう。

でも、いまから、私は狂ってません!と胸を張って言える場所には戻れる気がしないのだ。

彼は最後に会ったとき、こう言った。

お前といる時の俺はおかしい。いつもと違う。なんでこうなるかわからない。怖い。気持ち悪い。わけがわからない。お前といるときの俺は虚像だ。

私も彼といて、おかしくなってしまったのかもしれない。

それまでと違う。狂った気がする。

他人のことなんてどうでもいいとすぐに何もかも手放し、諦めていた私が私の実像だったはずなのだ。

今でもその実像がやってくる。でも、それは本当に実像なのか?虚像の可能性はないのか?

虚像だった私は虚像の彼の話を通して、私と彼の実像を水の底で見たのではないか?

いや、それとも、やはりそれこそが虚像なのか?

曖昧な世界で私ができることはやっぱり見立てをしっかりすることしかないのかもしれない。

それができれば、一度解けてしまったクロスワードパズルは興味がなくなるように、私は元の世界に戻るのかもしれない。

California Dreamin'

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このMVを見て、すぐに香港だとわかった。

ウォンカーウァイの「恋する惑星」の映像と見まごうようなシーンもある。

それを見て、私の脳内はすっかり高校生の頃に戻ってしまった。

私は「恋する惑星」を3度見たのだ。

まだ高校生の私は香港も、映画に出てくる曲のカリフォルニアもよく知らず、でも3度も見たのだ。

高校生の頃、どこにも居場所がない私はよく川と映画館にいた。

新聞の料金回収者が置いていく映画の無料チケットは決まって毎月3枚。

私はそれで月3回、朝から夕方までずっと映画館で過ごした。

今のように各回入れ替え制ではなく、2つの映画が交互に上映され、居ようと思えば、ずーっと居られる仕組みだった。

だから、そこで見た映画は有無を言わさず、私の脳に入り込んでいる。

もちろんつまらない映画は寝てしまっていたから覚えてないけれど。

あの時間がなければ、私は映画を好きになってはいなかったと思う。

 

その後の人生で、私は我が家が購読していたその新聞社で働き、そこで出会った、映画が好きな人と結婚をする。

香港もカリフォルニアも未来のことも知らず、映画の中のフェイウォンのように、すっかり気に入ったcalifornia dreamin'をよく聴いていた当時の私が想像すらしなかった人生だ。

冬のグレーの空の下でカリフォルニアを夢見る歌詞のその曲を昔の私は果たしてどういう思いで聴いていたのだろう。

今の私が、彼女に会いに行ったら、彼女はどんな風に私の話を聞くだろう。

そうなんだ、私にしては上出来の人生なんじゃない?といって笑うかもしれない。

今の私は、昔の私に、彼のことまで話せるだろうか。

その後ね、やっぱり映画が好きで、あなたがいま行きたいなと思っている大学の芸術学部を出てて、あなたがいまなりたいと思っている職業の人と会うんだよ。

あなたが友達とよく見に行くエスニックショップの細かい刺繍のポーチあるでしょ?あなたがずっと見てても見飽きないあれだよ。いつか行けるかな、この少数民族に会いに行けるかなって思いながら見ているあれ、ね。

その民族のいるところ、その人のせいで行けることになるよ。

彼女はきっとびっくりするだろう。まさか行けると思わなかった、って。

そして、あなたは大学をよくよく検討するときに、ふと一瞬、心理学もいいかなあ、って思って、いや、やっぱ違うな、って思ってすぐにやめてしまうんだけど、その人のせいでそのほんの一瞬のことを思い出すの。

それってどういうこと?そう言って、彼女は少し顔を曇らせるかもしれない。

 

私は当時の私と何が違っていて、何が同じだろう。

私はとうに純粋さを失い、何かを無闇に夢見る力を失い、今にも墜落しそうだ。

私の人生は私に何を問うているのか。

あの頃の私は、一体、札幌の空の下でなにを考えていたのだろう。

迷宮のような、既にうまくいかぬ人生に散々翻弄されながら、それでも、いつかなんとかなる、どうにかなる、と、なぜ心から思えていたんだろう。

たくさんの映画を見て、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの本を読んで、あなたは何を感じていたんだろう。

同じ体を持ち、得意なことも苦手なことも同じはずなのに、今の私と何が違うんだろう。

あなたはどんな人生を生きたかったんだろう。

私、間違えちゃったのかな。どこかで。何かを。決定的に。

あなたが欲しかったもの、好きなもの、したかったこと、なんだったんだろう。

どうして私はそれを思い出せないんだろう。

あなたが夢見ていたカリフォルニアってどこだろう。

映画の中で違う二つの「カリフォルニア」ですれ違う二人は最後、カリフォルニアではない場所で出会っていた。

私も、いつの間にかすれ違ってしまっていた昔の私に、どこかで出会えるだろうか。

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日々、何をしていたのかほとんど覚えていない。

今日はこれ、今日はこれ、と一つ一つ、どうでもよい予定をこなしているだけだ。

丸いつやつやの玉の上をこぼれ落ちる水滴のように。

 

心理学でよく言われる抑圧。

これは全員がしていることであり、普通である。

ある程度、抑圧がなければ、ハレとケなんて概念もそもそもありえない。

お酒を飲んで羽目を外したり、休みにどこかへ出かけたりが楽しいのも、普段の抑圧があるからだ。

しかしながら、その抑圧が過ぎてしまい、これはもうまずい、となった時に本能が解離を発動させる。

電気を使い過ぎてブレーカーが落ちるのとよく似ている。

抑圧するのは人間としての私、であり、解離させるのは動物としての私、だ。

人間としての私のキャパシティを増やして、強固にする以外、解離は防ぎようがない。

抑圧しない、なんて選択肢は現実世界を生きる上でありえないことだから。

でもいつだってキャパはギリギリだ。

この状態で増やすなんて無理難題じゃないか。

 

私に顕著な解離症状は離人感である。

理解はできるが、実感はない。

記憶はあるが、夢のよう。

意識はあるが、自分が何を思っているのかわからない。

世界はジオラマのよう、人々はジオラマの小さな人形のよう。

離人感を端的に言えば、そんな感じだ。

よくできた世界を私はずっと外側から見ている。

本物なのだろうけれども、偽物のように感じる。

そこにいる私も偽物で、ありきたりの言葉を発し、笑う。

もはや笑う振りは上手になり過ぎて、本当に笑ってるのと変わらない。

そうしておけば、とりあえず、生きて行けることを外側の私はよく知っている。

 

外側の私は一人でいる時にしか、世界に存在しないし、存在できない。

その一人の世界で私は泣くのである。

この世界から出られない。どうやっても、どうやっても。