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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

嵐の日々

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土曜日の夜、東京駅から歩いて帰ることにした。

高島屋コレド日本橋三越と通り過ぎながらてくてくと歩く。
少し酔っているのか、どこか高揚した雰囲気を出している女性の巻いた髪が歩くたびに跳ねながら向かってくる。
すれ違った刹那、湿度の高い空気をかきわけるように知らない香水の香りがした。
その瞬間、地面の感覚がなくなった。
私の足はまるでつま先立ちになるようにかかとからすうっと上がり、身体が10cmほど浮かぶ。
ああ、まただ、またなってしまった。
そう思いながら、身体はすっかり全自動モードに切り替わり、普通に歩き続けている。
こうなると私は身体の感覚がよくわからなくなる。
いつだったか同じようになって、表参道から蔵前まで歩いたときは、履き古していたお気に入りの底の薄いレペットのバレエシューズは底にぽっかりと穴が空いていた。
家に着いて、靴を脱いで、初めて気がついた。
そして、靴を見ながら、あらー…と思ったくらいから、足がものすごく痛い、とやっとわかるのだった。
 
私は幼稚園の時点くらいからこの調子だったので、ずっとみんながそうなのだと思っていた。
小さい頃は身体は借物/仮物のようであまりよく動かなかった。
ぴったりはまっていないような変な感じがした。
成長するにつれ、身体は動くようになったが、足や手を見ても、自分なのだという感覚に乏しい。
鏡を見てもこれが私なのかあ…と不思議に思っていた。
どうかと思う点は多々あるが、まあ、これしかないんだし、どうでもいいや、と思っていた。
全く自分らしき身体に興味を持てなかった。
 
そんな私がダイエットをするべし!と思って、本気でしたのは結婚式の前だ。
そのときにインストラクターさんにいままでに大きな体重の増減はないですか、と聞かれた。
はあ、小さいときからずっとこんな感じの体型ですねと私は答えた。
次に、ダイエットをしたり、その後リバウンドをしたことは?と聞かれた。
一時期、ストレスで6kgくらい落ちて、やめたら元に戻りましたと答えた。
最後に、あ、また太ったな、やせなくちゃとか思いませんでしたか?私は結構気にしちゃうんですよ〜とおどけながら彼女は言った。
私はそのとき、ああ、普通はそうなのかあ、と思った。
だから世の中にあんなに痩せる情報があるんだなと納得した。
私はといえば、自分の身体が自分のものではない気がしているので、でぶなわりに、とてもそのあたりの感覚が曖昧なのだ。
体重が戻ったな、とは思いましたが、それだけですねと答えた。
彼女は全く気にするそぶりもなく、そうなんですね〜とにこやかに言った。
私は彼女を見ながら、よくわからない違和感と不安感を感じながら、脳が霧でかすむようにぼんやりとするのがわかった。
いま振り返ってみると、私はこのときのような違和感や不安感、脳のぼんやりは感じ続けていたが、それを明らかに自覚したのはこのときが初めてかもしれない。
だからこんなにもよく覚えているのだろう。
それでも、私は他人も多分同じ感覚があるのだろうとずっと自分に言い聞かせながら過ごしていた。
 
StingのEnglishman In New Yorkを初めて聴いたのは高校一年のときだろうか。
当時から不眠症だった私は深夜のNHKFMをよく聴いていたのだ。
勉強しながら、とってもおしゃれな曲だなあと思った。
そして、なにより聞き取りやすい英語で、難しくない言い回しの歌詞で、大して英語がわからない私でも意味がするすると頭に入り込む。
I'm an alienと歌う歌詞がすこぶる気に入った。
世界に対する私の感覚と同じだなと思ったのだ。
メロディーも流れるようにスムーズで素敵だ。
私は当時、ジャパニーズガールインサッポロだったけれども、よく鼻歌で歌うようになった。
いまでもそれは変わらない。
私には好きな曲がたくさんある。
でも、この曲は好きというよりはもっと私に近く、なんというか…強いて言うなら、親しみがあるという感じの曲だ。
そういう曲は他にはあまりない。
 
結局、私はやはりエイリアンだった。
解離性障害とわかったときはほっとした気持ちとやっぱりねという納得した気持ちがあったくらいだ。
ただ、日にちが経つにつれ、何故か頭痛と不眠がひどくなった。
睡眠はぶつ切りなので、自然と目覚めるたびに時計を確認するわけだが、さっき時計を見たときから40分も経っていないということに信じられない気持ちがした。
そんな断続的な睡眠だからか起きるべき時間になっても、身体が鉛のように重い。
無理やりに布団から身体を引き剥がすように這い出なければならない。
しかし、ひとたび起きれば、さらさらと身支度を済ませ、玄関を出れば、そんなことがまるで嘘だったように私は普通だ。
全自動モードに切り替わっているのだ。
これが繰り返される日々がいまは続いている。
症状としては、とにかく頭が痛い。
調べると、よくあることのようだ。
人によってはお腹が痛いとか原因のよくわからぬ痛みがあるようである。
私は今日も嵐が過ぎ去るのを待っている。
雨に濡れ、風に煽られながら、待っている。
嵐は私だ。待っているのも私だ。
嵐の中、Stingは私に歌う。
"Be yourself, no matter what they say"
そして私はいつものようにStingに答える。
本当にその通り、と。