Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

ダンスの練習

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今日は歩きながら、今まで引越しをした回数を数えていた。

16回だった。
36歳で16回ということはものすごい頻度なんだなと自分でびっくりする。
11月末にもう一回増え、来年3月にもう一回増える予定だ。
私の人生がなんだかとても細切れなのはこの引越しのせいなのかもしれない。
進学のたびに引越しをするものだから友達は長く続くことはなく、文通などをしてみるもそれはすぐに途切れてしまうのだった。
同窓会にも行ったことがない。
引越しばかりで住所が変わりすぎているからお知らせなど届くはずもない。
中学から女子校だと、少なくない数の人が結婚して名字が変わるからフェイスブックでも探しようがない。
 
大人になってから戸惑ったのは「出身は?」と聞く人が多過ぎることだ。
外国で聞かれて、アイムフロムジャパン、と答えるのとはわけが違う。
そもそも、それは生まれた土地をたずねているのか、育った土地をたずねているのか、とても曖昧な問いだし、私のような人がいるとは想像もしてないことが前提の問いでもある。
そして、その問いの意味とは、単純に知っている土地の名が出てきたら旅行で行った、親戚が住んでる、とかそんなどうでもいいことで話をつなげ、親近感を醸し出したいだけなのだ。
みんな、親近感がそんな問いから生まれる可能性があると思っているんだなあと不思議に思う。
私には「出身は?」と聞かれた時点で面倒臭さと軽い断絶感だけがあるというのに。
 
作り上げても、作り上げても、なくなってしまう関係や生活スタイル。
私にはそれが当たり前だ。悲しいとか寂しいとは感じていない。
人はいつか死ぬのだし、いつかは全てなくなるものなのであって、それが早いか遅いかに過ぎないように思っている。
一時期、それに抵抗してみようかな、と会った人とフェイスブックで友達になってみることにしていた。
私にとって、これは関係を薄くてもわずかでもいいので繋げ続けるとどうなるのかという実験だった。
仕事をしていた時期でもあるので、すぐに「友達」の人数は増えた。
しかし、タイムラインをみるたび、ほんとどうでもいいな、と思ってしまい、結局、アカウントごと消した。
誰一人、仲良くしたい人などいなかった。
そもそも「友達」じゃないのだ。
 
世界が遠い。みんなが遠い。
なんでこんなに遠いんだろう。
私がひとりでに遠くに来てしまったのか、みんなが知らないうちに遠くに行ってしまったのか、わからない。
ただ、私がその「遠さ」に明確に気付いたのは、彼の存在により「近さ」があると知ったからだ。
彼は私の人生のレールが切り替わるポイントだったのだろう。
その「近さ」がなければ、私は「なんとなく遠い気がする」程度で、なんとかぼんやりとした人生を無事に終えることができたような気がするし、自分に解離があることも知らなかったような気がする。
どちらの人生がよかったのか、などといっても今更どうしようもない。
遠さと解離にはっきり気付く人生に切り替わってしまったことだけが確かなことである。
私はこの人生をどのようにしたらいいのか、眠れぬ夜毎、考えている。
浮かぶのは好きな曲の歌詞だ。
"軋む線路で どこへでも行けるさ
 乗り換えられない自分とダンスをうまく踊るなら"
どうしたらうまく踊れるのか、足はもつれるばかり。