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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

丁寧な現実

私はまた家がなくなってしまうらしい。

結局のところ、私の人生はそのようになっているらしい。

昨夜、旦那さんに一生怒りは消えない、と言われ、それは大変な怒りだなあと思った。その怒りの対象は私だけではないと言っていたが、私が多分に含まれていることに間違いはないようで、そのような相手と暮らしていくのは難しいだろうということは私にも容易に想像がつくし、事実、一緒に暮らしたくないという話であった。

まあ、仕方がないことである。

私はいま、月の半分を東京でひとりですごし、もう半分を旦那さんと名古屋ですごしているが、東京の家は12月の予定より、ひと月早く引っ越しをするようにしようと思う。

来年の春に旦那さんはまた転勤なので、春までに双方の荷物を片付け、離婚となるんだろう。

私の荷物は全て捨てる、売るのどちらかで持ち物はなくさなくてはいけないだろう。

スキルも学歴もない私ができることは少ない。どこかとてつもなく田舎の旅館で住み込みで働こうと思い、検索した。

感想としては、そのような仕事は結構、世の中にあるものである。

入ってみれば超絶ブラックで長時間労働かもしれない、休みがあっても車の免許もない私はどこにもいけないのかもしれないとそんな想像をしながら、昨夜は住み込みバイトのサイトをただただ延々と見ていた。前に死のうと思って、人に迷惑がかからない方法を考えた、やはり山の中であろうと思ったが、まずどの山にするか、どうやっていくか、とか考えたら、死ぬこととはかように難しいものなのかとそれだけで絶望的な気持ちになったが、今度もまた生きるって大変だなと思った。でも同時に、そのくらい追いつめられた方が何も考えなくて済むのかもしれないとも思った。

私は昔、ある時、突然、この家は◯日までしか住めません、と母に言われた。

父は家庭にはお金を入れず、既に他の女性と新たに暮らしているらしかった。そのようなことは過去にも何度もあり、もはや珍しいことでも何でもなく、私は気にすることもなかった。

当時、私は大学を中退し、働いていたが、少なくない額を母に渡していた。

母はその前から私がローンを組めばいいと言い出し、突然新築のマンションを見に行ったりしていた。

もちろんマンションを買うなどということは出来ないし、妥当ではないと私は答えたのみだったが、この人は一体、私をなんだと思っているのだろうと静かに思っていた。

そのような意味不明で突拍子もない行動に出てみたりした末に、母はとうとうどうにもならなくなったのだな、と私はすぐに理解した。

母は家族は助け合うものである、もう少しお金をよこせ、それならば引っ越し先で一緒に生活は出来ると話を一方的に続けている。

”助け合う”?私はいつ助けてもらったっけ?

”一緒”?私がそこにいる意味って何?

私はこれ以上、払うのならば、一人暮らしをしたほうがましなので、一緒に暮らすつもりはない、と言った。

母は「あ、そう、じゃあ好きにしなさい」とあっさりと言った。

母は私に好きにしなさいといつも言う人だった。

好きにしなさい、というのは「私が好きなようにしていい」という意味ではない。

「母の好きなようにできないのならば、あなたのことは知りません」という意味である。

私は自分の意見や思いを口にするたび、そのように言われた。

私は私がおかしなことをしているのだろうか、言っているのだろうか、私の思いは世の中に照らし合わせて道理が通っていないことだろうか、と小さい頃から思い悩んでいた。

他のデータの収集、検証、熟考のくせがついたのはひとえにこのせいなのだろう。

私はひとりですること、たとえば読書や音楽鑑賞は気軽にできるのだが、相手がいることや他者がいる中ですることだと、何が正解にあたるのかよくわからないので、とりあえず、一般的に正しいであろうと思われることをするようにしかできない。

そう言い渡される半年くらい前から、家に帰るとなぜか弟と弟の彼女と母が仲良く3人でいたように思う。あれはどんな季節だったかまるで思い出せないので、たぶん半年くらいなんだと思うけどもっと前かもしれないし、そんなに経ってないのかもしれない。自信がない。

ただ、何故こんなに弟の彼女は居座っているのだろう、そして何故母も含めてそんなに仲良くきゃっきゃとしているのだろうと私はただひたすらに意味がわからなかったし、不気味だなと思っていたのは覚えている。

母の理想の娘は私ではなく、弟の彼女であり、あっさりと私は立場を追われてしまったのだろうなと感じ、なんだか家に帰るのがひどく億劫になった。

残念ながら、他に行き場所もないので、私は毎晩帰るとすぐに部屋にひきこもり、職場の飲み会で余ったからもらった巨大な入れ物に入った小樽の白ワインを飲んで寝ていた。

札幌の秋は寒いので窓辺においておくだけでワインはよく冷えておいしかった。

少量でも飲むと眠くなるので、あの頃はいつも本当に気を失うように寝ていた。

でも、この辺りの記憶はひどく曖昧で、いま書いているようなことも、正直、どれがどの順番か、うまく思い出せない。

私の手元には大してお金もないので、どのようにしたらいいのか、よくわからなかった。誰かに聞こうにも、このようなことになった人を知らないので、何人かの友達に話してみるもぎょっとされるばかりだった。その友達のうちのひとりは私にいろいろ困るだろうからと乾麺やおかしをくれた。

いや、まあ、気持ちはほんとありがたかったけど、私はあのときぽかーんとしてしまったな。

雑貨屋さんの紙袋に乾麺のうどんが何パックかとパウンドケーキみたいなものが入っていて、それをじーっとみて、地下鉄にゆられながら、いま、私、そもそもゆでる鍋もないんだけど乾麺かあ、みたいに思った。

とりあえず、不動産屋に行って、いくつかの家を見に行ってみるも、あまり頭が回っていないような感じで、私は此処に住むのかしら???へえ、そうか、そうなんだ、みたいな調子で他人事にしか思わない。

最終的に、私はそんな相談を職場の年上の女性にしたら、その人の家に短期間でも来たらいいといわれ、行くことになったが、やはり無理があったというか、なんというか、彼女が過剰に支配的になってくるので、私は当時はまだ学生であった同い年の旦那さんに拾われるかたちになったのだった。

そのまま私は長く同棲し、結婚した。

私はその間、浮気をしようと思ったことはただの一度もなかった。

父や母の様子を見るにつけ、頭の悪い幼稚な人たちだなと思っていたし、そのような人がするものだと思っていたのである。

それが彼に会って、一変した。別に最初は何とも思っていなかった。

なんとなく深い青色っぽい人、少しさみしそうな人のイメージだった。

それがバットで頭をぶん殴られるような衝撃に変わったのは、彼がおまえを見ていれば考えていることがわかる、あのときは本当はこう思っていた、このときはこう思っていた、と言い出したときだ。

???

一般的に正しいことをすること、如才なく感じよく振る舞うこと、にかけては、私はもはやマスターで、自然に、楽しげにそれができていて、それが私という人なのだと当時の私は思い込んでいた。

なんせ30年以上そうやって生きてきたのだから。

みんな、私がそのようにしていると機嫌良く、うれしそうで、まんぞくげだったし、私はそれをみると心底ほっとするのだった。

しかし、彼は「本当はどうでもいい、つまんないと思ってんだろ、ばれてんだよ」と言い放つ。

この人、何を言っているんだろう、失礼な、と思ったが、もっともっと心の奥ではどうしよう、なんでばれてしまったんだ、という動揺があった。

同時にそれはなんだかふっと心が軽くなる瞬間でもあった。

何故ならば、彼は心の底ではどうでもいいと思っている私をさして嫌う様子もなく、わかるわかるといたずらっぽく優しく笑って言うだけだからだ。

彼に会うととても気が楽になった。それからだ、彼を観察するようになったのは。

すると、彼もまた他者をよく観察し、その場その場で主役になることは決してないように、でも邪魔はしないように、他者を気持ちよくさせるように振る舞っているということに気付いた。

仲良くなることは難しくなかった。共通の趣味があり、同じようなものを聞き、同じようなものを見ていた。本当に何よりも気が楽だったのだ。いままでの人生で、他の誰といるよりも楽だったのだ。

私が越えてはならぬ一線を越えたことに変わりはない。

しかし、果たして、それに抗うことが出来る人などいるのだろうか。

どこの人生のポイントまで遡れば、私は彼に楽な気持ちを抱かないで済んだのかを検証してみたが、全ての物事は連綿としており、結局のところ、私は生まれなければよかったのかなとそう思ってしまう。

私の罪はそもそも不倫をしたことで一切の過去は関係ないのだと言われれば、そうですね、としか言えない。

ただ、やはり、私の感覚では、不倫のかたちをしているけれども、別のものなのだ。

私が男だったら、彼が女だったら、不倫にはなり得なかった。

それは言い逃れですよ、罪を罪と認めるべきですよ。

そうなのだけれど、私が罪を罪と認めて、申し訳ありません、と謝ったところでなにがどうなるのだろう。

私は本当に申し訳ないと思っている。

だから、責任を取る、罰を受けることに異論はない。

すべての結果として、わかったことは、私は解離していて、私の中には小さな私がいて、彼女が対社会用として作り上げたロボットが私にすぎず、小さな私はほとんど姿を表すことがなかったということだ。

彼が小さな私を確認した初めての人だ。

私が見えるのね!

ただそれだけで小さな彼女は彼のことが大好きになった。

そして、彼がいない今、もはや彼女はまた姿を消した。声を上げず、涙を流しながら、こちらをまっすぐ見据えていた彼女の目を私は忘れることが出来ない。

私はなんとか彼女の役に立ちたいし、彼女が何を思っているか聞きたいが、彼女はでてくることもしない。

もう出ないと決めたのかもしれない。

私はなにをどうしたらよかったのか、どこでどうするべきだったのか。

みんな正解は言わない。なぜなら、正解などないのだ。

人はみんな違う、ただそれだけだ。

私が私であるから罪が起こり、私は罪人となったのだろう。

私は彼を異性として好きなわけではない。つきあいたいとか結婚したいなんて思わない。セックスなんかどうでもいいのだ。

わかるわかる、と言って笑ってくれたらそれでいいのだ。

はいはい、と言って頭を抱えてくれたらそれでいいのだ。

そんなみんなが小さい頃に当たり前のようにされて育つことが私にはずっとなかった、一度もなかったと気付いたことが不倫だった。

それがそんなに罪なのだとしたら、私の罪は生まれながらに決定されていたのではなかろうかという気持ちがどうしても消えない。

しかし、私が何を言おうとも、現実は丁寧だ。

罪には罰がつきものです、よろしくお願いいたします、とにこやかに容赦なく、私を諭すだけである。

そして、私はその現実に沿っていかねばならない。

いつまでブログなどと悠長なものが書けるかわからなくなってしまったな。

iPhoneは維持費が高い。今ですらネットの回線も電気代よりも水道代よりも高いんだもの。

インターネットも冷静に考えたら、贅沢なものなんだよな。

好きなアーティストのライブに行くなんて当たり前にしてたことも、とても贅沢なことなんだなと思う。

今日は好きなアーティストのライブの予約先行日だった。

12月がライブだ。抽選に当たるのかな。当たったらそれが最後だろうなあ。

外れたら…仕方がないね。