Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

少しだけ

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私とカウンセリングの先生の実際の出会いはアルコール依存症の人の家族のための勉強会だった。といっても、私にはアルコール依存らしき家族はいない。私は彼のことが気になっただけなのだ。

彼は社会不安障害と診断されて、10年以上薬を飲んでいると言う。そして、彼はお酒をとてもたくさん飲む。それってなんかまずいのでは、と私は思った。だから、社会不安障害とはなにかを図書館でありったけの本を読んで調べた。社会不安障害がアルコール依存の要素になりうると、どの本にも書いてあり、これは思った通りにまずい、と思った。そして、彼は本当に社会不安障害か?という変な感じもした。次にアルコール依存とはなにかをこれまたありったけの本を借りて読んだら、これは思った以上にまずい、に変わった。しかし、表面だけを見れば、確かにこれは社会不安障害によるアルコール依存のようにみえるが、何かが決定的に違うという感じもした。困った私は、まず、もよりの公的機関の精神相談にいった。

そこで勉強会を薦められた。承認されないと通えないところだが、行ってみてびっくり、本当に家族しかいないのだ。私は完全にイレギュラーな存在だったし、勉強会の内容もまったく家族向けで私がそこで知れたことは「家族以外はなにもできない」ということであった。

回によっていつも違う講師だったが、ある日、私は「私は何ができるのでしょう?そして、本人の家族が遠くにいて、具体的に何も出来ない場合や一人暮らしの場合はどのような治療プロセスが考えられているのでしょう?」と聞いた。講師はなにもないということを幾重ものオブラートにくるんで言った。勉強会に通う意味を感じなくなってきつつあったが、このことはもう通うのやめようかな、という気持ちの追い風になった。

そうして、今日も同じようだったらもうやめよう、今日で最後だなと思いながら行った日の勉強会の講師が、今の私のカウンセリングの先生だった。

その日の勉強会はそれまでと違った。彼のアルコール依存のようにみえること、ひいては社会不安障害のようにみえることの原因が明らかにされたのだ。私が最初の頃に何かが違う…と思った原因がわかったのだ。

先生は帰りがけに一冊の本を私に教えてくれた。「消えたい」という本だ。彼のことが書いてあるよと先生は言った。私は勉強会のあと、大きな本屋にそのまま直行し、その本を買った。

帰宅し、いろいろなことは後回しにして、まず読んでみた。夢中で読みながら、何度もショックと納得が繰り返された。彼のことが書かれているはずのその本には私のことが書いてあった。私が親にされてたことは心理的虐待にあたるんだ…と読み終わってから、しばし、呆然とした。いや、しかし、実際にこれは彼のことにも間違いがない、私が彼から聞いた家族の話からもそれは明らかだ、彼に伝えねばならないと即座に思い直し、私は彼の家に向かった。

この時点で彼とは既に数ヶ月音信不通だったが、まあ郵便受けに本を入れときゃいいか、と思ったのだ。そこで、私は彼が引っ越していたことを知る。二度目の呆然である。そこから3〜4日、起きているときはずっと泣いていた。泣きつかれて寝るも、うなれされて起きて、また泣くの繰り返しだ。

もうだめだと思った。私はずっと彼には薬よりカウンセリングが必要だと思っていたし、そのように彼に言っていたけれど、いまカウンセリングが必要なのは彼ではない、私だと完全に悟った。

先生のカウンセリングルームに電話して予約をした。予約日まで生きる、ということがあのときの唯一の目標だった。

しかし、これはあくまで私の側から見た先生との出会いだ。

先生の側から見ると、先生は私に実際に会うもっと前から私のことを知っていた。

もよりの公的機関からの紹介を見て、先生以外の講師陣はみんな私を勉強会に入れるのを反対したと言う。どう見ても共依存、しかも私は結婚をしている、よからぬ関係に違いはない、その他の参加者はみな家族であり、そのことが相互の秘密の共有のようになり、プライバシーが保たれるが、この人にはそれがないというのが反対の理由だったという。先生はこの人は絶対にプライバシーを守らないということはないと言い張った、とカウンセリングが始まって半年以上経った頃に内緒で教えてくれた。先生は私が、彼が「消えたい」に書かれている異邦人だと、そのときから見抜いていたようだ。そして、それは正しかった。ばれたら先生が困るな。これはあとで消さなくてはならない記事かもしれない。

私は先生に陽性転移をしているのかもしれないけれど、それには恋愛感情は含まれていない。なんせ、私の情緒的な意味での人生最初の理解者は彼であり、これこそが言ってみれば、おおいなる陽性転移的現象だからだろう。先生と私は、私が勉強したことや気付いたこと、疑問に思ったことを話し、どこが間違っていているかをフィードバックしてもらうというようなセッションが多く、ニュアンス的には師弟関係っぽいかもしれないとすら私は勝手に思っている。この場合、むしろ気をつけなければならないのは父と息子的な対決だろう。父と息子は、充分学んだら次のステップにいくときに対決がある。先生と生徒の間にも似たような感覚があるような気がするけれど、これは私の考え過ぎかな。対決なきままに、卒業して、忌野清志郎のいうようなぼくの大好きな先生、みたいなことも多いのかな。

私は先生が能動的に私に理解を示そうとしてくれている治療がわかる。わかるけれど、それもまたとてもありがたいことに感じるし、私はそこからなにがしかを学び続けている。それは少なくともまだまだ続きそうだ。

最初の頃はカウンセリングの日が近づくと不安定になった。行きたくない、行っても意味がないというような思いに支配された。脳の中の抵抗だったのだろうなあ。いまはそういうことはない。そして、いろいろ勉強した上で思い返せば、私はほとんど「定番」の解離のある人の受け答えをカウンセリングの当初はしていたんだなと知る。変わり者であると排除されたり、迫害や攻撃に近いことをされることが多かった私だが、解離という観点から私を見ていた先生にはとても普通だったろうと思う。

そんなこと自体にも私は安心しているのだろう。

 

旦那さんは昨日、言い過ぎた、ごめんと言って来た。

なので、上記に書いたような全てのことまでは話さなかったけれども、私は今の先生のカウンセリングを続けたいという意志と明確な理由があると旦那さんに言った。そして、そのような安定した環境自体を確保することも解離にはいちばんの治療なのだ、と。ただ、それを維持するのにあなたの苦痛が伴いすぎて、結果的に何日か前のように爆発すると、私の中の小さな私がまた怯えきってしまって、対人恐怖のような感覚が強くなり、私自身もとても不安定になるので、離婚すると短期的に見れば環境は劇的に変化せざるを得ないが、長期的に見れば安定への一歩で、実際に私は一人でいる時間が長ければ長いほど、小さな私の声が聞きやすくなるし、不定期的にあなたがストレスがたまって爆発するかもしれないならば、小さな私を怯えさせることになるし、やはり離婚は早い方がいい、と。まあ、正直、離婚に限らず、人間関係を極限まで削ぎ落とすのが安定する、とも。

旦那さんは私が治療できるのがいちばんだと思うが、自分がそれに対して、どこまでなにができるかはもう少し考えたいということだった。

小さな私は今回の旦那さんのことでまたすっかり怯えてしまって彼に会いたいらしく昼間にひたすら泣いていた。これには困ってしまった。出てこないときは全く出てこず、出てきたら出てきたで泣いているだけというのはやめていただきたい。

旦那さんのことが相当怖かったんだろうなあとは思ったので、彼の代わりに気持ちはわかるよとは言っておいた。こっちが言ったんだから、だーだー涙をこぼしながら、じっとにらみつけるだけじゃなくて、なんとか言ってよ!と思ったが、かわいそうなのでそれは言わないでおいた…

しかし、小さい私はさておき、これを書いている方の私としては旦那さんのこういうひどい感じになったとしても、その後も考えることをやめずに、言い過ぎたという結論が出たら、それをごまかすことなく素直に言えて、更にそこからまた考えてみるということが出来る部分はとても好ましいと感じている。

ここまで考えがたどり着かず、私のせいだけにする人にばかり人生で行き当たってきたからだ。

彼に会うまでは、私は離人感が強いまでも、安定していたのは旦那さんの考える能力の高さと経済的庇護のお陰なのは圧倒的な事実だ。

ただ、私にもし経済的能力があれば、旦那さんと私はそもそも結婚していたのかな。私が巻き込んでいただけなのではないかなという気もまたある。

パートナーシップとはとても難しい。

旦那さんと彼がゲームみたいに足されて進化?強化?したらいいのにな、もしくは、私の肉体と戸籍がふたつになったらいいのにな。

彼は私に二度、プロポーズをした。私は二度とも断った。そりゃ、連絡なくてあたりまえとしか言いようがないよね。私が彼なら断られた相手に連絡なんてする気がしないもの。プロポーズされた時の私は私だったし、そもそも小さな私は小さすぎて結婚の概念がなく、一緒にいたいだけみたいだし。

というか…全ての問題は私がバラバラなことなんだよなあ。違う人間をひとつにしたいとか、肉体や戸籍をふたつにしたいとかあり得ないことをいう前に自分がひとつになればいいって話だ。自己の同一性が保たれてるってどういう感じなのか、私は誰かに教えて欲しいよ。

私の人生は混線している。でも今日は意志がほとんど感じられない私がカウンセリングは続けたいと思っていることがわかって、少しだけよかったと思う。

(ちなみに彼は社会不安障害のように見えるし、出てくる症状としてだけを見たらそれに限りなく近いのは事実だが、複雑性PTSDのほうが妥当であると思われる。彼は解離はしていない。そして、彼の母親が診断を受けている精神疾患もちょっと診断が怪しい。誤診とそれによる投薬の結果、そうなってしまった、という感じもあり得そうだが、私は会ったことがないので、これは単なる推論に過ぎない。ただ、母親の応答性は彼の幼少期からおそらく低かったことは彼の話から容易に推察できる。愛着の問題がある。更に、彼と私の母親は父親(つまり自分の夫)に対しての気持ちが全く同じで、また、それを子どもに話していたという事実もあり、彼と私の持つ傷はとても近い部分があるようだ。それは知り合って、だいぶあとで聞いたことで、彼と私の関係の形成に直接関わってはいないので偶然とは不思議なものである。)