Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

薄氷

不安感がとても強い。

私の場合は、この不安感がなんなのか、丹念に見ていく必要がある。私の不安感なのか、小さな私の不安感なのか。

今日は私の不安感だ。明日がカウンセリングだからである。

先生に不安を感じているわけではない。私は昨日書いたようなことを先生に話す必要がある。小さな私の本当の恐怖と諦めがそこで先生にも確認できた場合、私はその治療というか解決に向かうことになる。それに不安を感じている。

私は小さな私の情動を想像はできる。それは他人が具合悪そうにしていたら具合が悪いのかな、と思うのと同じだ。しかし、どんなに親しい人であっても、どのくらいつらいのかは実際にはわからないように、私は小さな私がどのくらいの情動を内に秘めているのかわからない。自分のはずの彼女の気持ちがわからない。

ただ、恐ろしいような不安なような、そんな感じだけがそこにある。

私には受け止めきれなかった情動があったから、私と彼女は解離してしまった。

その受け止めきれなかったものを受け止めていかねばならないと言うことが不安でたまらない。頭痛がひどい。

 

上記を書いてから0時頃、逃げるように寝た。

そしたら3時頃に悪夢を見て目が覚めた。中学校のときの夢だった。

私は中学1年のときに生理になった。

でも、なぜか誰にも言えなかった。ああ、これが生理と言うものだな、と思った。

一人で淡々と処理をした。とにかくあれやこれやでいつも追い立てられるような寮生活でやることはいっぱいで頭が回らないので、面倒ごとが増えただけだった。

来なければいいのに、と思った。そしたら、次の日は出血はしていなかった。

今思えば、母に電話をするなり、祖母に電話をするなり(祖父母は学校と同じ市内に住んでいた)できたような気もする。

しかし、母はいつも私のことなど考える余裕がない。自分のことだけなのだ。祖母は優しいけれど、いままでは夏休みのお盆にしか会わなかった人だ。波風をかけたくないと強く思った。

私はそれからほとんど生理がなかった。そして、それは誰にも言わなかった。言うタイミングも来なかった。

病院へは何度か行った。これも大人になってから自主的に、である。

お医者さんはなんだろうなあーって顔をした。とりあえずホルモン剤を出しますと言い、出されたものを飲めばきっちりと生理になる。その後、薬を飲まずに、3ヶ月普通に生理になったらもう病院に来なくていいですよと言われる。3〜4ヶ月は来る。その後は来ない。それの繰り返しだった。

わかったのは身体的には、特に問題はないようであるということだ。私は胸も普通にある。セックスもできる。ただ、私の身体は生殖を諦めて、静かに寝ているらしかった。

 

驚いたのは私が初めての不貞行為を働いているそのさなかに生理が起きたことだった。

彼も大人なので、というか、気付けば血が…という感じだったので、生理になってたね、という程度のものだった。

私は不思議なこともあるもんだなーとぼーっと思っていた。その後、2ヶ月ほど、なぜか私は彼に会うたびに生理になることになる。たまたまそういう周期だったのかもしれないが。

しかし、私がそのことよりも更に驚いたのは、彼はいかないということである。

後日、調べてみると、SSRIを飲んでいるとか刺激の強い自慰行為で射精障害と言うのは起きるらしかった。彼の場合は薬のせいだな、と私は思ったが、純粋に気になったので、一応、リサーチをする。彼は別段隠す様子もなく、話をするが、薬を飲む前からそうらしい。そして問題となるような自慰行為もしていないということであった。

あるとき、いかないってどういう気分なの?男の人はいくことが快感のピークなのではないの?と聞いた。それのないセックスっておもしろい?と。

相手が気持ち良さそうにしているとこんな俺でも役に立ってるな、って思う、ポエジーな気持ちがする、と言っていた。

男性がいくことを目的としないセックスはとても優しいものだった。全ては女性のペースで進む。彼は反応をつぶさに見て、行動をするだけである。

ただ、私は彼の病気や発言や状態を目の当たりにし、心の奥なのか、頭の奥なのかわからないが「なにかが危険水域にある」ということをはっきりと理解した。

そこから私は彼の病気について調べていくことになり、これは私の病気を知るきっかけになった。

私は彼の親との話をたくさん聞いている。彼には恐らく、私と同じような呪いがかかっている。それは自分で自分にかけた呪いだ。それが射精障害であり、生理不順というかたちで出ているのである。

もっと他の身体化の例のほうが遥かに多いような手応えが関連書籍には多くあった。では、なぜ私たちはこのような形で出ているのか、私はしばらく考えたが、恐らくは自己の存在の否定感がものすごく強いからなのではないだろうかと思う。

私は何度も彼は私で、私は彼だ、と強く思うときがある。

これは決して甘ったるい恋愛妄想の類いではない。もっと鬼気迫るものだ。

彼を見ていると、彼のことを調べていると、わかるのはなぜかいつも私のこと。

きっとそういう変な相性なのだろう。ただ、それだけだ。そして過ぎ去ってしまった。

 

私は寮をやめてからは祖父母の家から学校に通っていた。

寮をやめるとき、両親は来なかった。代わりに祖父が来て、寮生みんなの前で挨拶をしてくれた。

あの日の帰り道、祖父の着ていたトレンチコート姿がとても素晴らしく、私はそれをよく覚えている。

祖父は普段は碁会や卓球にいくのみだったので、そんなコートを着ているところを私は初めてみた。

祖父はおぼっちゃんであり、社長でもあった人なので、とても堂々としている人だった。おしゃれで、スマートで、当時の人にしては背も高く、大学も出ていた。

そんな祖父は私のことをとても大事にした。私は初孫で、唯一の女の子の孫だった。

私は小さい頃は祖父とよくアイスを買いにいった。祖父の目的はアイスではない、タバコを買いにいくのだ。

手をつないでいく。祖父の手はいつもふかふかとしていてあたたかい。親指の付け根のところがふかふかなのだ。私はその触り心地がとても好きだった。

旦那さんと初めて手をつないだときに、ああ、おじいちゃんの手と一緒だなと思った。

たぶん、そのことは私にとって、交際ならびに結婚に至るにあたり、最も大きく、重要な理由だったのだろうと思っている。ばかばかしいけれど、事実だ。

祖父は私が高校生のときに亡くなった。私と暮らしていた頃から、祖父は具合が徐々に悪くなり、そのせいで私は同じ学校には通えなくなった。両親の元に返されたのだ。

なんだか私は、今までずっと薄氷の上を歩くような気分で生活していたのかもしれないな。そんなことを書きながら思った。

はー、このまま眠れないのかな。眠らない方がカウンセリングではきはきとしゃべれるような気もするけど…どうだろう。