Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

消費税

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今日は有言実行、というわけで朝はミスドに行ってから、カウンセリングの先生のところへ行って、お医者さんに渡す紹介状をもらった。

てっきり封筒を受け取るだけで中身を見ることはないと思っていたけど、これでいいですか、とコピーを見せてくれた。とても端的にまとめられており、訂正するべきこともなく、結局、そのままだった。

帰ってきて、その紙を改めて見ながら、これが私の簡単な「精神的プロフィール」というわけかと思っていた。

へえ、そうかあ、なるほどねーと他人のプロフィールを見るときと同じ感想を抱く。そんな自分に、ねえ、それ、あんたのことだからねとツッコミが入り、あ、これ、私のことだったよねって思いなおして、あはは、そうだよ、そうだったってなんか笑ってしまった。こうやって書くと、私、誰と脳の中で話してんだろって不思議に思うけど、全部自分と話してるのよね。ひとり何役なんだ。

 

「精神的プロフィール」から見える私は大変そうだった。心の満身創痍とでもいうような様相が窺える。

私は痛そうだな、それに気付かないだけで、結構痛くて大変なのかなというところまで思考がたどり着いたとき、昨日電話で話した彼が何日か前にブログに載せていた曲を思い出した。

痛い痛い痛い痛い居たい居たい居たい居たいと連呼するその曲はそこで初めて聴いたのだけれど、なんだかいい曲だなと感じた。

私はこの曲と同じなのかもしれない。痛いけどやっぱり居たいと思っていて、だからこそ痛いのかもしれない。

誰かを好きになるのも消費税がかかると歌われているけど、誰かを好きになるどころか生きるのにも私たちはいつも多大なる消費税を払いながら、それでも生きているのかもしれない。人生はそもそも消費税と言う名の痛み込みでお送りされております、というわけだ。

 

私はその電話した彼とはもう2年近く、よく話している。くだらないこともたくさん、そうじゃないこともたくさん。この間の私のことを彼は世界で一番知っているだろう。

彼は私とどこか同じような心象風景を持っているが、私の少し先を歩いている。彼曰く「すごく近いところ」だが、私にはそれでもやっぱり「少し先」のように思う。

あるとき、彼が「まるで借金でくびがまわらなくなってるみたいな」というたとえを言ったことがあった。

今ならはっきりとその意味がわかる。

実際、私は消費税を払っていないのだ。こんな額、とても払えない!と早々に諦めてしまったのだ。払っていない消費税は貯まり続けているのだ。消費税と言う名の痛みはしっかり感じなければ、消えることはない。

人生の消費税はきっといつも同じ税率ではない。私はたまたま最初の消費税が120%だったからそんなの無理と思ってしまっただけだ。本当は充分払える額である2%のときも10%のときもあったはずなのに、消費税が課されるたびに私は姿を消した。存在しなければ税は課されないとでもばかりに。

 

リアルの借金を返すには、まずは身体が資本といえよう。短時間でもいい、ちゃんと寝て、なんでもいい、ちゃんと食べて、働くこと。見えない世界の借金を返すのもきっと同じだ。

それには、私はまずは慢性的な不眠を改善せねばならない。体力と精神力はある程度、連動している。

そうか、そういうことなんだ。今の私の現在位置はそこなんだな。

今日、処方されたマイスリー10mgさん、あなたの効き目に私は期待しているよ。まあ、効かなきゃ効かないで違う薬や組み合わせはまだあるそうだから、大丈夫。

私は本当はこの世界に居たいのかな。居たいから、居るために、心だけこの世界から切り離すという選択をしたのかな。居たくないからじゃなかったんだね。

よし、そうとなったら、ちゃんと払おう。払うよ。何億円だって払ってやる。

そういえば、私は昨日、思わず大笑いしてしまったけど、本当はとても嬉しかったな。

彼が電話を切り際に「できないこともあるけど、できることもある、友達だからね」と私に言ったこと。

他人が他人にできることなど実際、ほとんどないのかもしれない。

それでもなお、そんなことを言う人が存在してくれているというだけで、なにかとてつもなくすごいことのように私は思う。

消費税がかかるだけじゃなく、宝くじにあたることもあるのが人生なのか。

というわけで、もう寝る準備だ!