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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

接近

寝て、目が覚めて、そして、わかった、と思った。

 

私は、以前、私の外傷体験には主にふたつあるのではないかと書いた。

1 愛着不形成 2 思ったことをいうと攻撃、排除をされ続ける経験 が私が思う私の外傷体験だ。

私の母はことあるごとに私が生まれなければ、母はこのような自分にふさわしくない生活はしていない、と言う人だった。

私は幼い頃から、それを黙って聞いていた。ある程度、大きくなってもそれは続いた、というより、更にひどくなった。保健体育の授業もあり、子供ができる仕組みを理解した頃にはその話を聞きながら、母は頭が悪いのかな、と思っていた。なぜなら、子どもと言うのは、性行為をしなければできないし、更には母は私が出来る前、ずっと不妊治療をしていたのだ。ある時、それを素直に言ったら母は完全に凍り付いた。そして、私を全身で拒絶したように私には思われた。

愛着不形成の理由として養育者の知能が境界上にある場合は少なくないようだ。

私の母がそうかと言えば、おそらく違うだろう。母は成績も優秀で、なにをやってもパフォーマンスがよいうえ、はためにはとても美人な部類の人だ。単に自己愛が強いというか、自分の思い通りにならないと許せない、ものすごくわがままな人というのが正しいだろう。

その後も「そのままのこと」を口にすると、人は母に限らず、烈火の如く怒り出し、私を拒絶するということを私は人生でずっと繰り返し、学び、どのようにそれを伝えたらいいのか、いまだにわからないということが続いている。

 

しかし、それらのこととは一見、それほど関わり合いが強いとは思えないことを最近の私の脳は引っ張り出してきている。

このごろ、悪夢として多く見るのは中学時代のときである。なぜ、中学時代か。

同様に、引っ越しにまつわることをよく考え、ここでも書いている。それはなぜなのか。

そして、一番は、どうも私が異様に強くショックを受ける状況は昨日も書いたように「家がなくなる」という事態に直面したときのようだということである。それはなぜなのか。

その3つのなぜ、を私は寝ながら考えていたらしい。

なぜ、の理由はいずれも、それは「私はここにいていいのだろうか?いてはならないような気がする、いるためには我慢をしなくてはいけない」と私の中で強く喚起させられる状況と言うことである。

この”喚起させられること”は上記の外傷体験で感じたベースの感情に他ならない。

私がいつも感じるエイリアンのような感覚はまさにこれなんだろう。

私がいつも旦那さんの同期達の奥さんと自分を比べて、明らかに劣っているし、ふさわしくないと感じて、不安になり、その劣っていることによって、いつどこでこの生活がなくなるかわからないという感覚があったのもこれなんだろう。

 

彼は私に同じようなことを話してくれたことがあるのを思い出した。

「お祭りを見ていると、みんな楽しそうで、なんだか自分だけ違うといわれてるみたいであんまり好きじゃない」

「人の役に立っていないと、自分はそこにいてはならない気がする」

「家が欲しい」

それを聞いてるときは、そうなんだーと例の如く、他人事として、私はのんきに答えていたのだが、実は私も全く同じだったのである。

起きてそのことに気付き、愕然としてしまった。

彼や私がそれを意識にあげてはいなくても、私たちはそれを体感として感じ、一緒にいるとなんだからくちん、ということになっていたのだろう。

人間ってすごいなと思った。

 

私は彼と性的な関係を持ち、すぐに引っ越しをした。彼に会う前から、その引っ越しは決定されていたものだった。

その後、引っ越し先で私は人生で最も訳が分からない時期を過ごした。意識は普通なのに、涙が止まらず、食事もままならず、パニックが続いたのだ。

完全にコントロール不能なそれは「引っ越し鬱」ではないかといわれ、旦那さんはとても心配していた。そして、それは私が気に入っていた家を失ったことによるものではないかとしきりに口にしていた。

いま思えば、それは実に正しいのだろう。私の近くに10年以上いたからこそ得ていた感覚でもあるのかもしれない。

そして、先日も旦那さんは再び家を買うことを私に提案した。

旦那さんは感覚として、その必要性を感じ取っていたのではないだろうか。

解離のある人は再外傷体験への防衛反応として、そのストレスに対して受け身にならないよう、あえてそれが起こりやすい環境に身を置くことがあると本に書いてあった。

旦那さんは引っ越しの多い職業だ。私はこのことを含めて、旦那さんを伴侶とすることを選んでいたのかもしれないと思った。

 

これら全てを踏まえて、私がすべきことは「私はここにいていいのだろうか?いてはならないような気がする、いるためには我慢をしなくてはいけない」という思いをなくすということである。

それは端的に言えば、居場所の確保だ。やはり、昨日書いた「家」なのだろう。

心の家、物質的な家、心身ともに私がいてもいい居場所。

何かを我慢したり、何かをしなくてはいられない場所ではなく、何も我慢せず、私がそのままでいても許される場所。

ああ、でも、ここまでわかっても結局、現実の問題はおんなじなんだよな。

「どのようにして?」それが問題なのだ。うーん。

ただ、だいぶ私は接近している。間違いなく、私の核心に接近している。その点は素直に自分をほめてあげたい。