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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

秘められた攻撃性

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昨日は自分のことについて考えていた。

病院でお医者さんの薬の話を黙って聞いて、何も言わずに帰って、挙げ句に薬は飲まないよ!と勝手に決心したり。

そもそも黙って聞いてるのもフリにしか過ぎず「私の話、聞く気ないな、この人」「そもそも3〜4日慣れるまできつい薬って、それ、人体への影響的にどうなの」とか思ってたり。

そんな自分に気づくと、私ってものすごい反抗的だな、ゲスいな、性格悪いなとか思ったり。

そういう部分を突き詰めていくと”過剰適応”のなめらかでつやつやの毛皮の下はしょうもなく獰猛っていうか攻撃性むきだしだよなあって。

適応したふりをしながら、秘められた攻撃性は相手の、状況の、データを集めて分析し続けることに変わる。なぜ分析に変わるかと言えば、それが私の得意技だからだ。

つまり、私はその結果をつきつけるときがいつか来るかもしれないと、備えているのだろう。

その分析結果だけでなく「え、これってずっとそう思ってたの?適応してるようにみせてたのは嘘だったの?」というショックも相まって、相手はすっかり恐れてしまうらしい。

でも、私は結果をむやみは差し出さない、相手が私に攻撃をしてきたときだけだ。

攻撃、というよりは正確には私のことをあまりに軽んじたときだけである。

全ての関係がそうなるわけではない。

そのようになる関係とならない関係は確実にある。

そのあたりの違いをもう少し考えたら、なにかのヒントになるような気がする。