Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

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地下鉄の中で、iPhoneから新幹線を予約しようとすると、珍しくほぼ満席だった。

3列席の真ん中の車両の一番前。トランクがおけるからこれでいいか、と小さな決心をして、予約をした。

地下鉄が一本遅ければ、あるいは早ければ、私は駅に着く時間が違って、予約をする新幹線も違っただろう。

いつものことだ。私はもう数え切れないほど、こうして新幹線に乗っている。

しかし、この新幹線はいつもとは違った。

 

席に腰掛けるとき、隣の席の人の書類を作っているパソコン画面がちらりと見えた。

解離、の文字。

私は失礼だし、見ないようにしようと思ったが、やはり気になってしまう。

なんせ、前を向くと、どうしたって視界に入るのだ。

文字を追うより、思い切って話しかけた方が失礼ではない、と新幹線を予約するときの100倍くらいのエネルギーを使って決心をした。

 

失礼ですが、解離の研究をしてらっしゃるんですか?座るときに文字が見えてしまって。

そんなことを隣の席の人に言われるなんて想像もしていなかったのだろう。

女性は私の言葉を理解するまで胸に手を当て、しばし固まっていた。

そして、あー、びっくりした、まさか解離を知っている方が隣に座るなんて!と笑った。

解離についての話をした。

彼女は心理士として、カウンセリングルームを持っていると自己紹介をしてくれた。

私は読みかけの本を見せ、勉強している話をした。

カウンセリングではなく、純粋に遊びにいらしてください!

メールしますね!

互いにそう言って、東京駅で別れた。

 

今日は不思議な日ですと彼女は言っていたけれど、私にも不思議な日に違いなくて、1日経っても、不思議だったなあと思っている。

彼女は私のことはよく知らないのに、そして自分が本職なのに、私にも心理セラピストになったらいかがですか、とさも簡単そうに言った。

そして、自分の夢を、それを叶えるために新たな資格を取ろうとしていることを話してくれた。

既存の枠を超えていこうとするその夢はとても実状に合ったものだし、彼女の置かれた立場、歩んできた道のりだからできることだなあと思いながら、私は話を聞いていた。

大切なキラキラした宝物を見せてもらった気分がした。

 

私は彼に会ってから、心理セラピスト、カウンセラー、名前はなんだっていいのだけれど、そういうものになりたいと強く思った。

私は文字どおり、猛勉強をした。

人の思いのようなものに深く入り込むことに対して、確かな手応えがあることは彼に会うずっと前から、仕事を通じて、私は感じていた。

そのような小さな芽は私という種の中にあったということなのだろうが、当の私は彼に会うまで、そのことに自覚的ではなかった。

 

その後、私にはいろいろなことが降りかかった。

挙句の果てに、私自身に解離があることがわかると、もうすっかりやりたかったことを諦めてしまった。

私は他人の思いより、私の思いをなんとかすべきであり、そこ(つまり治療)を中心に据えると、やはり元通りの主婦になるのが一番だからである。

論理的合理性、経済的合理性を元に私の引越しは決まった。

 

私はかつて、主婦として、頑張っていたと思う。

しかし、私は彼によって、真面目な主婦という枠からぽんと放り出され、規定と既定から外れた。

枠の外で得られた、いままで感じたことのないような楽な気持ちは、また枠に入り直したら失われてしまうような気が私はずっとしていた。

それが怖かった。怖かったけれど、結局、その枠の中が私の居場所なんだろうと私は私に言い聞かせながら、引越しまでの日々を過ごしていた。

もう一人の私も、ふわふわも、もう出てくることはないのだと、そう思っていた。

 

枠を超えていこうとしている人がすぐ横にいた、という事実は、私も彼女みたいに超えていきたいと私に感じさせた。

彼女にしかできないやり方で彼女は超えていこうとしている。

私には私にしかできないやり方があるのかもしれない。

そのやり方は私の学歴や経歴や立場からすると、世の中における既定ルートとはだいぶ違ってしまうだろう。

でも、そもそもが、私は枠の外、エイリアンのようなもの、繋留されない船のようなものなのだ。

それらは違う星にだっていける、どこにだっていける可能性を秘めた存在のはずだ。

約束通り、彼女にメールしよう!