Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

大阪

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 昨日は大阪に行った。(ちなみに写真だけじゃどこかわからない写真しか撮ってなかった)

ご主人の転勤で大阪に行ったばかりの友達に久しぶりに会った。

彼女とは英会話教室で知り合った。

当時の彼女は急に失語症になり、その後鬱病と診断され、治療していて、最近はだいぶよくなってきて、英会話教室に通いだしたという話だった。

その後、私は名古屋に引っ越すことになり、わけのわからない2年間に突入し、人付き合いを避けはじめたためにすっかり疎遠になってしまった。

インスタグラムで彼女の引越しを知って、ふと会いたいな、元気かなと思い、連絡したのだ。

 

久しぶりに会う彼女は私がどのように過ごしていたかを聴きたがった。

私は起きた出来事は最低限にして、どのように感じてきたかを素直に話した。

私にはわかることがあること、ずっとそれを言うと人間関係がおかしくなって悩んでいたことに気づいたこと、無理に普通であろうとしていたこと。

そんな話をしたら、彼女は「私はその『わかること』を知りたい」と言うのだった。

 

とはいえ、そのために私は特別なことはしない。

水晶玉もタロットカードも使わない。

サラベスのエッグベネディクトをふたりで食べながら、一見、普通の話に見える、相変わらず英語上達しないよ〜とか、そんな雑談の中に散りばめられた彼女のかけらを拾い集めるだけだ。

かけらはジグソーパズルのように自動的に組み合ってゆくので、それによって完成された絵について話すだけだ。

 

彼女は母親に姉と比べてダメな子だと常に言われていたことによる緊張が未だに残っていて、だから頑張らなきゃ!ちゃんとしなきゃ!の時期とそれに疲れてしまう時期を繰り返していて、無理に引っ張るゴムがある時、伸びきるように、疲れきって病気になったのではないか。

英会話が上達しないのは過去のそういう経験が幾度となく塗り重ねられ「私はどうせできない」という思いが強いだけ。

そう話した。

 

彼女はやはりびっくりしていた。
えー、すごい!なんでわかるの!と目を大きくして彼女は言った。

そこに拒絶はなかった。

全てが繋がった!とただただびっくりしていた。

そのあとに彼女は語り始めた。

私の診断は鬱が気分変調症にかわって、だけど、躁鬱病の薬が出て、それで良くなったの!妙に掃除とかやっちゃったり…旦那さんや会社の人に迷惑はかけられない、頑張らなきゃ、という思いがあって、張り切るけどできなくなって…を病気の前からずっと繰り返してた。先生はそんなこと全然説明してくれなかったよ。病名や薬は説明してくれたけど。

彼女はすっきりしたー、を連呼して、少し上気した顔をしながら、英語できる気がしてきた!と笑っていた。

 

ここまで来ると、どうしたらいいかは本人が自然と見つけて行く。

ここまで来れたことを振り返り「でき"ない"、足り"ない"」だけではなく「ある、あった」を見ることができるからだ。

私たちはエッグベネディクトとお茶の時間をこうして過ごし、またね、と別れた。

今、私は彼女のくれたおみやげを食べながら、彼女にまた会える日を楽しみに思う。

また少し違う彼女とまた少し違う私で会える日を。

住んでいる場所や距離なんて本当に関係ない世界で私は人と繋がるということがわかってきたように私は思う。