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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

混乱

気が立っている。

ナーバスというのでもない。いらいらしているわけでもない。

ただ、また寝つきが悪くなり、なにか不安なような、心細いような、部屋を意味なくうろうろして、ひっきりなしに飲みたくもないお茶を入れる。

そんな調子である。

引っ越しのせいかもしれない。

そうじゃないかもしれない。

荷物詰めも各種手続きも滞りない。

しかし、何かを忘れているような気がするのである。

 

睡眠薬が手元にあるのだから飲めばいいじゃないかと思う。

それなのに私の手は伸びない。

私は一体、何に気が立っているのだろう。

大丈夫。大丈夫。

頭の中で繰り返してはみるものの、一体何が大丈夫なのかもよくわからない。

 

多分、私は私の今までの引っ越しのことを思い出しているんだろう。

フラッシュバックだ。

私はいつも引っ越しをしたくないのではないかと思う。

私は決まったところに決まったものがあるのが好きだ。

はさみ、化粧水、アロマキャンドルのためのライター、その他いろいろ。

私は几帳面でも神経質でもアスペルガーでもないが、それらは私の動きに基づいて位置が決まり、それらは「そこ」にあるとき、私の感覚と調和している。

その秩序が狂うのが引っ越しだ。

 

引っ越しとは端的に言えば混乱だ。日常にちょっとしたカオスが巻き起こる。

ものの位置どころか、私の位置すら変わるのである。

「混乱の中でたくさんのやらなければならないことが溢れている」

「冷静に、さらりと、何気ない顔でうまく遂行しなくてはならない、誰の目も引かないように」

私の子供の頃の日常だ。

私はまたもや過覚醒状態になってしまったらしい。