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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

両方

ベランダからの景色を窓越しに眺めていた。
夕飯を作らなかったせいで空白の胃にラム酒を入れたホットミルクが効いて、お腹があたたかい。
部屋にはiMacの画面のあかりと静かな音楽と石油ストーブの匂いと私だけだ。
私はずっとこういうひとりの時間が好きなんだと思っていた。
こういう時間がないと実際、私はいらいらしてきてしまう。
しかし、それは「好き」とイコールなわけではなかったのかもしれない。
人生でこういう時間を一番長く過ごし、こういう時間しか私をスージングするものがなかっただけなのかもしれない。
それはちょうど、靴底についてしまったガムみたいなものなのだ。
意思とは無関係に張り付いたはずのガムが、歩くたびにぴったりとしてきて、もうまるでいまではすっかり靴底と一体化してしまった、ただそれだけのことのような気がする。

何を思うでもないのに何かに思いを馳せるような不思議な時間に吸い込まれ、私はエアポケットにまるまって眠る気分。
それはどこでもない場所。誰にも見えない場所。
私が幼稚園のとき、よく光化学スモッグが起きた。
そんな時は先生に外に出てはいけないと言われた。
みんなが教室でエネルギーをもてあましながら遊ぶのをよそに私は窓から外をひたすら眺めていた。
コウカガクスモッグという不思議な響きの言葉と、景色はいつもと何も変わらないように見えるのに、いまはこの窓の外へは行ってはいけないのだということが妙に私を虜にしたのだ。
私は飽きることなく、外を見つめていた。
窓の外側のいつもが遠い、窓の内側のみんなも遠い。
これは私が覚えている私の一番最初のはっきりした離人感の記憶だ。
おそらく、私はそのときに初めて離人感を得たから覚えているのではなく、ずっと自分の中にあった感覚を現実の事象を通して初めて自覚した瞬間だから覚えているのだろう。

私はいつもその感覚の中で生きている。
透明な膜の向こう側にだけ世界が広がっている。
私はいつもひとりで、世界は私のいない側にしかない。
外国に行っても、結婚しても、歳を取り続けても向こう側にはいけなかった。
いけなかったから、結局、私は世界にいないのだった。
だから、目にも見える肉体を持ちながらも、私は"そこ"にはいない。
私はそのことをごまかしながら暮らしていた。
ごまかしていたのは世界に向かって?
いや、たぶん私自身に向かって。

心理学を、精神分析学を、脳神経学をどれだけ勉強しようと、私はそちら側には行けないだろう。
勉強すればするほど、世界の狭間ははっきりとするばかりだ。
その断絶は私に何度も言葉を喪わせ、誰かに何かを伝えようとしても黙り込むことしかできない状況を作り出してきた。
しかし、だからこそ、私は世界を諦めることがようやく、出来てきた気がする。
世界にあるものが私は欲しくて仕方がなかった。
世界から離れた場所で束の間、手にした幻のようなそれは私にとって、彼にもたらされたものそのものだった。
私は間違いなく、いまこの瞬間ですら、それを希求し続けているだろう。
ただ、それはいまはなく、その世界にも行けず、その世界にはないものが私の手の中にはあるということ、そして、私の手の中にあるものをうまく使っていくことしか私には出来ないということに私は気付いたのである。
月の裏を夢見ながら、ここで生きてゆくたくましさ。
ここで生きながら、月の裏を夢見てもよいのだという柔軟性。
神様がいるのなら、両方を、どうか、私に。