Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

怪獣の腕のなか

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解離性障害

この言葉の意味にもそのインパクトにも私はだいぶ慣れたように思う。

しかし、慣れないのは「障害」という言葉だ。

文字どおり、日常に解離が障害をもたらすことがあるわけで、そりゃそうかと思ったし、障害ならなんとかしないと、と私は思っていた。

それは確かに思っていたはずで、だからこそ治療法を探るようになり、まだその道の途中なのに、不思議なことに私は私の解離を障害とは思いたくないし、思う必要もないのかもなあと思い始めている。

 

私の解離による離人感は物心がついた頃からずっとである。

私は人生のほとんどを浮遊しながら生きている気がしている。

私の世界はどこにいても、どこにいるかわからず、誰といても、私は本当は誰にも見えていないんじゃないかと感じる、淡く、空気が薄い世界だ。

それが当たり前だった。

しかし、私はこの世界で、一度だけ、私がちゃんと見えているらしい人と出会った。

彼といるときの感覚は今まで感じたことのない種類のもので、それがきっかけで私は私の中には「離人感」がずっとあって「解離」していたことを知ったのである。

 

彼といるとき、私は息をするのが楽だった。

彼の周りだけ酸素が濃いのかなと馬鹿みたいな想像をしたことがあるくらいだ。

もちろんそんなことは100%ありえないけれど。

彼がいなくなり、私は空気の薄い元通りの世界に帰ってきた。

相変わらず、ここは静かで、なにもかもが遠く、空気が薄い。

これは間違いなく私の世界だ。私がずっといる世界。

元通りの慣れ親しんだ世界に戻ったはずなのに、私は酸素をもっと!と思うようになり、この世界から脱出するために、この世界の構造を知ることに躍起になった。

 

たぶん脱出する方法はある。

というか、その可能性を開く扉の鍵を私は見つけたという体感がある。

これは解離のある人すべて、ではなく、あくまで、私個人の鍵だが。

でも、いざ、その鍵の扉のほうへ行こうとすると、私は私の中に激しい抵抗を感じた。

その抵抗を丹念に見てみると、ここにいるからこそ見えるものを私は知っていて、それを失いたくないという恐怖から来ているものだとわかった。

扉の向こうに行ったら、いま見えるものが見えなくなって、わからなくなってしまう。

私はそんな気がしているらしい。

 

そんな風に感じている自分を、更に丁寧に感じなおし続けていたら、私の解離は悪いだけのものではなかったんだなとわかってきた。

とても奇っ怪で、どうすればいいかわからなくて、制御もままならなくて、馬鹿でかい怪獣のような「それ」から私は逃げようとしていた。

でも、「それ」はいつも私をひょいと掴んでは持ち上げ、肩に乗せ、本当なら見えないくらい高い位置からの風景を見せてくれていた。

そして、もうだめだ、と私が思うたび、「それ」が私を庇ってくれていた。

私は本当に「それ」を捨てたり、嫌ったり、「それ」から脱出したりする必要があるのか?

いま私はそんな風に解離を感じている。

私は解離という怪獣の腕の中で育てられた子なのだ。

そして、その解離という怪獣の母は私なのだ。

そんな不思議な私を、不思議な解離を、私は認めてあげたい。

障害ではない。

悪いものだと決めつけ、治療するなんて言いたくない。

私の世界は解離の世界だ。

その解離の世界とは私そのものだ。

淡くて、空気も薄くて、なにもかもが遠いけれど、遠いから見えるものがある。

私はその眺めがとても好きなんだ。