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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

結ぶ

PTSD、C-PTSD解離性障害などの治療法について調べると、思いの外、種類がたくさんあることに驚かされる。

そして、どれも「すごく効果的だった!」と書いている実際の体験談が異様に少なく、ぱっとしないか、どこかうさんくささがある。

当たり前だが、どの治療法もそれなりの結果があるからこそ、治療法として存在している。

しかし、それぞれの治療法はあくまでも「効果あり群」に着目し、そこからブラッシュアップされてきたものだ。

つまり、それぞれで見過ごされた「効果なし群」はただただ取り残されている。

それぞれの治療法の「効果なし群」はばらばらになったまま存在していて、どれかとどれかが重なっているのか、重なっていないのかもよくわからない。

「効果あり」はどんな人たちだったか、「効果なし」はどんな人たちだったかをきちんと書いてある治療法は本やHPで私が見たところでは見つからない。

武蔵野大学がやっているPEは該当者に行っているとHPにあるが、トラウマがある人というざっくりした説明があるのみだ。

 

それぞれの治療法は、薬のように厳密な治験をしているわけではないから仕方がないといえば、その通りだ。

しかし、丹念に見ていけば、私が前回、前々回の記事で書いたように、その人たちにいま起きている症状の原因はなんらかのトラウマに違いないが、人によって背景が違い、二次障害や併存障害として起きている場合も見えてくる。

おそらく「効果あり群」と「効果なし群」に分かれるのは症状の強さや治療者との信頼関係なども関係するだろうが、背景の違いが一番の要素なのではなかろうかと私は予想している。

たくさんの治療法があるのに、どれもいまいち機能していない、一般的でないのは、実際に結果がそれほど出ていない=背景と治療法のミスマッチが横行しているせいなのではと考えられるからである。

 

本来ならば、それぞれの治療法で背景の違う群ごとの効果を調べれば良いのだろうが、かなり現実的ではない。

暗い暗いと嘆くより、進んで明かりをつけましょう。

私にできることはなにか。

まず、パズルのように推理することだ。

背景により

★物事の認知

★知的理解度

★身体的感受性

には大きく差が出る。

それぞれの度合いにマッチングする治療法を推理するのだ。

そして、できる限り、自分でも体験して、推理の手応えを感じたならば、書くことだ。

現時点で、治療法と様々な背景を持ち苦しむ人ははなればなれだ。

それを結びつけることができたなら、世の中の苦しみは僅かに減らすことができるかもしれない。

虐待も障害もトラウマも、この世からなくすことはとてつもなく難しいだろう。

でも、いますでにいくつもある治療法を機能するようにうまく工夫するだけなら、それほど難しくはないはずなのだ。

結びたい。

ふわふわと世界から解離している私が、なにかとなにかを結びたいだなんて、不思議な欲求が出てきたものだなあ。

いま私はそんな風に思っている。