Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

分かつから分かる、並行世界と心理発達

小沢健二が新曲を出す。

その曲の歌詞に「もしも 間違いに気がつくことがなかったのなら?」とある。

気付かなかったときは、いまとは違う、気付かなかった世界が別にあったのだろうということ。

そんな並行世界を想像すること。

これは私が2年半、毎日やってきたことといえる。

 

もしも、私が3年前、あっさりと引っ越しすることを選んでいたら。

私は彼には会わなかった。

もしも、彼が偶然に道端で知人に出会っていなかったら。

彼は私には会わなかった。

繋がらない点と点だった私たちはいくつもあったはずの選択肢をそれぞれが選び、もしくは予期もできぬまま選ばされ、重なった。

そして、私はそれまでいた世界には戻れなくなってしまった。

実際、私は3年前の私とは別人だ。

3年前の私が今の私を見たら、本当に腰を抜かす。間違いなく。

もちろん全ての人や物事との出会いが多かれ少なかれ、そのような要素を持ち合わせているのは確かなのだが、彼との出会いはいまのところ、私の人生史上、最も強烈なものだ。

 

分かつことで分かる。

今日読んでいた「大人の発達障害の見立てと心理療法」にそんな言葉があり、私はいつも勉強しているファミレスで少しだけ泣いてしまった。

泣くつもりなんか全くなかったが、なにかが決壊するようだった。

涙が自動的に溢れ、頬を伝う。

そして、そのひんやりとした涙の感触のなか、私は、そうか、今の私は分かつことで分かるの真っ只中なのだと気がついた。

 

母親のお腹で母親と一体化している胎児は、出産により、母親と分離する。

肉体的分離は遂げたものの、しばらくは心理的に母親と一体化したままだ。乳幼児は一人ではなにもできないからだ。その中で徐々に心理的にも分離の練習をする。

一体化と分離を繰り返し、分離の期間が長くなると、個体として際立ってくるため、反抗期が訪れ、ここできっかりと分離が完成する。

心理的な分離、自立ののちに人は性的なパートナーを見つけ、再び、性行為やパートナーシップの中で一時的、部分的な肉体的、心理的一体感を得る。

そして、次世代を育てるフェーズに移り、以降、これが繰り返されるのが人間の営みである。

 

私も彼も、母親と心理的な一体感がなきままに育った。

私にはずっと分離の感覚しかなかったが、30をとうに過ぎてから、初めて一体感がもたらされた。

似たような心理的な傷があった彼によって。

しかし、私たちは分かたれた。

私たちはもともと分かたれなくてはならない理由しかない関係なのだから、仕方がない。

なんとかしたくても、私にはうまくできなかったし、そんな私を見ている彼からしたら、言えることもできることも限られてしまうのは容易に想像ができることだ。

 

そんな一体化ののちの分離で、私は彼のことが、そして、私のことがはっきりとわかってきた。

複雑性PTSD解離性障害

ネガディブな精神疾患要素が強調されることで、像がはっきりしてきた。

本当にフィルム写真のネガのごとくである。

心理的に非定型発達の私は非定型な体験により、今までとは違う世界へ分離されてしまったのだ。

私が、臨床心理学の本をひたすら読み、勉強に行く世界があったなんて、3年前の私は考えることすらできなかった。

 

並行世界は選択の数だけあるのだろう。

朝ごはんをパンにするか、シリアルにするか、くらいの選択だと、大幅には分岐しないかもしれない。

しかし、分岐の条件によっては、様々な条件の交差によっては、量子的飛躍、クォンタムジャンプのような並行世界への移動もあり得るのだろう。

分かつから分かる。

人の発達も、並行世界も、同じだ。

分離を何度も繰り返し、少しづつその中でなにかを分かりながら、人間は生きている。そんな気がする。

もう一回、クォンタムジャンプできたら、私はどんな世界にいるのだろう。