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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

つらい

ずっと書いていた別のブログを書くのがとても嫌になってしまった。

理由は変なメールをもらったからだ。

告白というかなんというか…

別にさしたる個人情報を書いてるわけではないし、アカウント名もそこでしか使っていないものなので実生活に差し障りはないことはわかっている。

わかってはいるが、私は凍りついてしまう。

 

私のブログは基本的に解離についての本を読んだ感想というか個人的なまとめと、思うことだけを書いている。

私は私なりに真剣なのだ。

それを見て軽々しく「かつて好きだった〇〇ちゃんを思い出します、もちろんあなたのことも好きです」とメールを出せる無神経さは暴力的にすら感じてしまう。

その人のブログを見ると明らかなMRなので仕方がないといえば仕方がないのだが。

 

私はこのような他者の無神経さの前にとても脆弱だ。

私の人生で、このようなことは両親をはじめとして、幾度となく繰り広げられてきた。

そして、私はそれに対して怒るわけでも責めるわけでもない。

そんなことをしても通じないことを既にとっくにわかっているからだ。

だから、ただ、もうだめだと静かに思う。

何度、言葉を使い、説明したかわからない。

説明してもしても、相手は激怒するか、私のせいにする。

何故このようになるのか、論理的に、客観的に考えて、私は私なりに最善を尽くしてきたつもりだ。

しかし、どうしても伝わらない。

私の言葉はわかりにくいだろうか。

私の表現やたとえは不適切だろうか。

何十年も私は考え続け、諦めてきた。

 

私はこういうことが起こるたび、どうしていいかわからない。

それは違うのではないか、おかしいのではないか、失礼ではないかと伝えても、あなたがおかしいと言われるか怒られるばかりなのだ。

言わずにその場やその人から離れるしか私は解決策を見いだせない。

こうして私は居場所を失い続けてきた。

そして、また何年も書いてきたブログの場を失おうとしている。

メールの人にはかつて、解離について何度も質問されたので「わかりません、主治医に話してください」と返信したら罵られた。

本当に勘弁して欲しい。

私はただただ、言葉を紡いでいるだけなのに、なぜこのような無神経さに当てられなくてはならないのか、全くわからない。