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Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録 解離性障害とともに

あの料理の名前が思い出せない

私は買ってきた食材は下ごしらえをまとめてしてしまう。

ブロッコリーやほうれんそうやおくらはゆでて、タッパーにいれておく。

ブロッコリーが少し残っていたので、カレー粉をまぶして、これまた少し残っていた生ハムと炒めることにした。

 

私にはかつて、何度か変わった料理を食べに行ったりしたことのある知人がいた。

その知人は変わった料理好きを何人か集めて、みんなで食べにいく会のようなものを不定期に主催していたのだ。

私はその知人がいなければ、食べる機会は恐らく一生なかったであろう食べ物を食べた。

ホンオフェ。

はっきり言って、もう2度と食べたくないが、なんだか笑える思い出だ。

あの場にいた全員が、たぶんみんな同じ感想だと思う。

ホンオフェはそういう変な食べ物なんだ。

 

その知人とは、南インド料理も食べに行った。

南インドと北インドでは、食べ物がだいぶ違うのだとそんな話を知人がするなか、それぞれがこれが好きとかおいしいとか適当なことを言いつつ食べた。

その中にはカリフラワーのカレー味の天ぷらのようなものがあった。

天ぷらというか、フリットというか。

初めて食べたが、カリフラワーのあの食感とさくふわな衣がなかなかよく合っていて、私はすっかり気に入った。

そんなことをタッパーの中のブロッコリーを見つめながら思い出していた。

料理の名前は思い出せないけど。

 

知人は去年死んだ。自殺だ。

生きるということは本当にある種の人にとっては大変なことなのだ。

私も大変な側なのだろう。

食べることは生きること、と言ったのは誰だっただろうか。

私は今夜、ブロッコリーのカレー粉炒めを食べる。

食べることは生きること、たぶんその通りなんだろう。