Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

ふわふわと左腕

ここ数日、とても眠い。

私には不眠期と過眠期を繰り返す根強いサイクルがあって、過眠期には1日中眠いし、実際ほとんど寝ている。

これが、私を普通に学校へ行く、会社へ行くというような生活をかなり難しいものにしていて、人生において、そのような選択肢を遠ざけた理由である。

健康にもかかわらず、そのような人がいることを多くの人は理解できないし、信じないが、15年ほど私と暮らす旦那さんはどうしたって信じざるをえない。

何度もチャレンジしてきたが、私は本当に驚くほど、普通だと思われている生活で「ゾンビ化」するのである。

私の生態、私の睡眠は、私にとってもいまだに不思議なものなのだ。

自分でもびっくりしてしまう。

 

私の不眠と過眠は基本的には過緊張、過覚醒ののちに、使いすぎたエネルギーを補うためだ。

そのなかでも、過覚醒が私にもたらす異様なまでに深く長い集中力が切れた時は私を特に眠くさせる。

過覚醒の私に起きていることは、直観と推論を同時に起動させること。

目に見える部分の情報も見えない部分の情報も掻き集める作業。変性意識状態。

アップルのパソコンはブートキャンプという機能がある。

これは立ち上げるOSをMacかウインドウズか、選んで切り替えることができる機能である。

このたとえなら、私というパソコンはふたつのOSを"選んで切り替えられる"ではなく"同時に立ち上げてしまう"。

でも、パソコンは1台しかない。

1台で2台分に匹敵する情報を処理するのは負荷が高い。

その時間が長くあればあるほど、戻ってきた時に疲れていて、寝てしまう。

 

それにくわえ、最近の私は、さまざまなセラピーでなんらかの遺跡のような大発見をしたあとも凄まじく眠くなる。

ふたりの先生に、そういう時期はある、と言われたから、珍しいことではないらしいが、これは仕事をしたりしている人には大変なことであろうと思う。

何度も繰り返し繰り返し、起きる。

まだまだ遺跡があるに違いないと、エジプトの砂漠を見ながら、考古学者は胸を高鳴らせるのだろうが、私はやれやれと思いつつ、おおあくびをする。

数日前も、私は大発見をしたばかりなのだ。

ここ数ヶ月ほど、さまざまなセラピーやワークショップで出土品があったが、ひとつひとつは多少の関連性はあるものの、ばらばらとして見えたし、欠片のようなものしか見つけられないことも多かった。

ところが、他者がいないところで、セルフセラピーをするほうが、私には向いているのか、ハコミセラピーのときに出てきた問題に改めて取り組んだら、当時はたどり着かなかった領域に行けたのだった。

 

そこには久しく現れていなかったふわふわもいた。

http://rivedroite.hatenadiary.jp/entry/2016/10/25/134602

ふわふわは全く変わっておらず、久々なのに、ずっとそこにいたような様子である。

ふわふわはてっきり私の話を聞く係なのだと思っていたが、私をずっと守っているのだと言う。

そして、ハコミで出てきた私の痛む左腕もまた私を守っているのだと言う。

ふわふわは私が進む方向や選択を間違えないように、左腕は話すと長くなるので端折るが、とある約束のかわりに。

そうだったんだ、なんで、ふたりとも先に言ってくれなかったの!と私はふたりの長年の苦労を知り、泣く。

すべて脳内の話だが、私が泣いたのは現実である。 

私はふわふわとは仲が良かったのだが、左腕は痛いし、しかもケアしても痛みも取れないし、困った存在だった。

しかし、その印象はがらりと変わり、なんともご苦労を長い間…と思い、その忠実さに驚嘆もした。

ふたりと書いているが、そもそも彼らはひとではないし、左腕に関しては、まさしく私の左腕でしかないので、何を書いているのかわからないと思う人も多かろうが、これ以上、うまく説明ができない。

とにかく、ふたりは日々、私のために頑張っているのである。

 

私はこのことで、ふたりに実に長い間、守られていた存在なのだと深く理解した。

そのことに気がつくと、私の現実の様々なことも、ふたりの一生懸命な「守り」の結果なのだと、はっきりとわかった。

私の、世界が遠く感じ、見えない壁がある感覚は私と世界を隔てるためではなく、私を守るためにできたのだ。

そして、そこまでして、彼らが私を守る理由もまた、よくわかった。

今回はそのような発見だった。

なんのことやらわからない、と思いながら、ここまで読んだ人がいるなら、その感想は正当なものだ、と書き添えておきたい。

私にしかわからぬことを、私が私のために記録として書いたのが今回の記事だ。

正直言うと、毎回、そうなんだけど、今回は特別、意味がわからないだろうと思うので。

今日は大雨の夏至。絶好の昼寝日和である。

ありがたいことである。おやすみなさい。