Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

青い車

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今日、夜、川まで、自転車をこきながら、ふと思った。

そうだ、私、死んでたんだ。

そして、その後も何回も死んでたんだ。

そもそも、今生きてることは予定外だった。

それを忘れてた。

と。

 

私は”おろされる”はずの子だった。

予定外の妊娠は、子宮の中で予定外の状態で絶望的と診断され、堕胎が決まった。

それを更に予定外にしたのは祖母だった。

祖母は不思議な力のある人だった。それは誰にでもわかりやすくいうなら、霊感のある人ということになる。

しかし、そんなことは少しも出さず、どんな時も穏やかでつつましい人だった。

その祖母がかなりムキになって、この子は生まれてくるはずだからと自ら方角を占い、周囲に産婦人科を聞きまくり、東奔西走し、病院を探したという。

当時は考えにくい、多くの人がやりもしないセカンドオピニオンをしたのだ。

それを何度か繰り返し、医者同士の繋がりで大学病院にたどり着く。

そこで、私は”珍しいサンプル”として扱われ、多くの医学生たちの勉強のために、生かされることとなった。

命の保証はできません、お母さんか赤ちゃんなら、どちらにするか決めてください。

そんな風に言われながらも、私はこうして、多くの人を巻き込み、多くの出来事を経て、生まれてしまったのである。

生まれてくる前からそんな風にとにかく予定外なのだ。

いつも衝突寸前のぎりぎりでハンドルが切られた。

一番最初のハンドルは最初は祖母が切ったのだろう。

そして、次には医学的メリットがいくばくかあったとはいえ、あらかじめ分かっている難産を引き受ける度胸のあった教授なのだろう。

その後、通常ならば、子供は親にハンドルの切り方を教わっていく。

しかし、私にはそれがなかった。

生まれてからもなお予定外は続くのである。

 

予定外の事故で私は何回も死んだ。

ハンドルを切るのに私は何度も失敗し、何度もエアバッグが作動した。

解離は本当にエアバッグのようなのだ。

解離せずに生き延びた人々を勉強して知るたび、事例をひとつひとつ読むたび、私はひれ伏したい気持ちになる。

みんな苦しみをちゃんと味わってきたのに、私はまるでよく効く麻酔を打ってもらっていたようなものだからだ。

私はものすごいまずい毒料理を知っている。

その味を知っているから、ああ、この人もものすごいまずい毒料理食べた人だ、ということがわかるし、どういう味か想像できる。

しかし、私は食べた瞬間に記憶や感覚を失い、そのまま平らげ、消化が進んでいる。

だから、ものすごいまずい毒料理の味を知ってはいるが、真の意味で味わってはいない。

やっぱり意識があるまま、食べてきた人は強い。

それはその人を乗せているのが、もともと頑強な車体であったということだ。

事故によって打撲やひどいムチウチ、つまり、様々な精神疾患やそのような状態になってはいるかも知れないが、衝撃を車体で受けるだけの強さが本来的に備わっており、エアバッグまでは使われていない。

私にはその頑強な車体はなかった。車でいうなら軽自動車みたいなものなのだ。

そのため、解離というエアバッグを繰り返し使う羽目になった。

もちろん解離には解離なりの代償もあり、私はそれをいまこうして清算させられている。

この地獄によく似た世界のルールは毒を食らわば皿まで、なのだ。

どんなまずさであっても徹底的に味わってこそ、なのだ。

 

はっきり言って、私はいまだって予定外である。

たまたま隣に居合わせた人をなぜか知っていると思い、その人と不倫と呼ばれる状態になり、その人の精神疾患を勉強し始め、その人が被虐であると知ると同時に自分もまた被虐であると知り、そのすぐ後に解離性障害だとも知る。

そこから様々な治療者に会って「治療者に向いている」と言われるのだ。

私はいつだって治療されたい一心なのに、治療する側が向いているとは一体どういうわけなのか、未だにわからない。

予定外でしかない。

でも、私は彼の精神疾患を調べ始めた時、私がカウンセラーだったら、どれだけいいかと確かに何度も思っていた。

肩書きとしてそれになれなくてもいい、もし私に同等の知識があれば、ベランダで話すだけで、彼は救われるのではないかと。

それがこの怠惰な私を勉強に向かわせたのだ。

細々やっていた、かつては楽しいと思っていた仕事はどうでもよくなった。

素敵で高価な服やバッグもどうでもよくなった。

たとえ彼に会えなくなっても、そんな予定外は変わらず、私を支配している。

私はなんで今も勉強しているのだろう。

意味がないと思いながら、なんでワークショップや勉強会の予定を今月も入れ続けるのだろう。

私という車のハンドルは、果たして、今、誰が握っているのだ?

私自身ではないのか?

 

私は運転免許を持っていない。

でも、もし車を買うなら、そして予算がたっぷりあるなら、ジープがいいなあと思う。

昔、住んでいたマンションの駐車場に、よくある白い軽トラを700倍くらい洗練させたようなそれが停まっていた。

すごい強そうで四角くてかっこいい。どんなところにも行けそうだ。

ブレイキングバッドの舞台のアルバカーキみたいな埃っぽい荒野も山の中も浅い小川も物ともせずに進んでいきそうだ。

タイヤも少し大きくて車高も高くて、そんな車の中にいるときは守られているような気がするだろう。

後ろには物がたくさん積めそうだし、最高だ。疲れたらそこで寝るのも楽しそう。

そんな風に、その車を見るたび、私は目を完全にハートにしていた。

憧れるということは、私がそのような車ではないからだ。

そして、私が、そのような車ではない私のハンドルを握っているのだ。

だから、荒野はやめよう。高速もやめよう、スピード出すの怖いし。

できる限り、エアバッグを使うような目には遭いたくない。

怖いときは潔く、止まろう。無理に走ることはないのだ。いつだって無理に進んできたけれども。

どこに行くのかわからなくてもいいのだ。どうせ予定外なんだもの。

でも、車の色は予定外にしたくないなあ。

メンタリストのジェーンが乗ってた車の色、素敵だったなあ。

私のは何色にしようか。ぬりえみたいに好きな色を選ぼう。

どうせ妄想の中の車の色なんだから。