Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

超低空飛行

ずっとドラマや映画を見ている。

やることがなくなってしまったからだ。

眠くても寝られないので、夜中じゅう、延々とドラマを見たりしている。

ドラマや映画といっても、彼に似ている綾野剛のでてるものばかり見ているので、のんきに楽しんでいるようで、実は彼のことを考え続けているだけなのかもしれないが。

 

更に私はここのところ、妙にそわそわしていて、なんだかお腹が空いた気がして、四六時中なにかを食べてしまう。

食べると気持ち悪くなるので、単に食べたあとの安心感が欲しいだけで、食べたいわけではないとよくわかる。

そわそわは不安感なのである。

だから、不安に効くというツボを押し、息を吸った倍の時間で息を吐くという呼吸法をし、時が過ぎるのを待つ。

 

そうして、いちにちいちにちを過ごすなかでわかったことは私は気分転換がしにくい性質を持つらしいということだ。

過緊張、過覚醒のもたらす集中力は凄まじい。

その集中力がこの2年ほど、完全に臨床心理学に一極集中だったわけだから、急に止まれと言われても無理な話だ。

脳としては「死ぬかもしれない」という危機を感じている状態に他ならないので、そりゃそうか、とも思うのだが、これを押しとどめることが難しい。 

猛スピードで慣性の法則なのか遠心力なのかわからぬが、丸いレーンをぐるぐる回る玉のごときである。

 

今日のカウンセリングで私には信じるものがない、絶対がない、ということを指摘された。

だから、どうしていいかわからない。

信じるものがない。信じられるものがない。

離人感と観察力がもたらす、全てが相対化された世界。

行けども行けども、その世界から抜け出せない。

ぐるぐる、ぐるぐる。

 

読むのを後回しにしていた、毛色の違う本を手にして読み始めるも、私の頭の中はその本に留まることが難しい。

そして、ふと、この前のあの本の、あの部分、やっぱりおかしくない?読み返そう!とひらめくんだが、気がついたんだかわからないが、また心理関係の本に逆戻りし、そんな自分にぐったりし、ソファの上で脱力である。

私は一体なにをしてるんだ。

私は一体なにがしたいんだ。

 

セラピーや臨床理論の間違い探しや正解探しではなく、私は私の信じられるもの探しをするべきなのだが、私が信じられるものは一体どこにあるのか。

私が信じているものは、現時点では私の感覚だけなのだと思うが、その私の感覚がそもそもだいぶ浮世離れしているので、私はなかなか現実に着地できない。 

疲れても疲れても休む場所が見つけられぬ鳥のように、ひたすら飛んでいる。

かもめのジョナサンでも読み返そうか。

ジョナサンも飛びまくっていた。

飛びまくって、謎の世界に行っていた。

あれ、途中から完全にスピリチュアルエマージェンシーだよね。

 

気晴らしになりそうなドラマや映画を知っている人がいたら教えてください。

恋愛系じゃないやつがいいなあ。

暑いから川不足なんだよなあ。

川不足ってことは自然不足でもある。

明日晴れてたら朝方、上野公園の蓮でも見に行こうかなあ。

でも暑いと嫌なの。暑いとそれだけでぐったり。暑いから調子悪いのかなあ。