Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

探し物 2

私はなぜ、着陸しないのか。

今、着陸するとしたら、それは結局、眼下に広がる荒野になってしまうからだろう。

ここではないのである。私はここには着陸したくないのである。

私は自分の居場所を見始めたとき、まず、なぜ私はこんなところに、とショックを受けたものだった。

次にここにいなくてはいけないとずっと思い込んでいたことに気がついた。

そのうち、ここにいなくてもいい、いや、いてはいけない、と思い、飛び立ったわけである。

どこへ行く、行きたいとかは一切ないままに、とにかく飛び立ったのだ。

飛ぶしかない時はあるものなのだ。

飛びながら、現在位置を確認しながら、風向きを読みながら、なんとなくこっちの方だぞという方へ私は飛んでいた。

多分、それは間違っていないはずだ。

いくつものマイルストーンと思しきものも通り過ぎた。

でも、なぜだろう。ふと見た眼下の光景は以前とさして変わらなかった。

無駄だった…そう思った時、私は自分が疲れていることに気がついた、とても。

もう飛びたくなどなかった。

そもそも、なぜ飛び立ってしまったのかと思っても、もはや引き返すような距離でもない。

ここでいいよ、最初にいた荒野とは少し違うよ。荒野に変わりはないけど。

どうせ荒野にいたんだから、ここでもどうにかやっていけばいいじゃん。

せっかくここまで飛んできたのにここでいいわけ?

こんなところ嫌だ。

道が間違ってたんじゃないの。

飛び立ったのが単に逃げだったんでしょ、逃げたから同じところに戻るんだよ。

もう飛べない。

体力も能力もないくせに飛んだのが悪い。

私の脳内では何人もの私が会議をする。会議とは名ばかりの文句大会である。

ああ、うるさい、うるさい、うるさい、黙れ、少し「私」だけで考えさせろ。

私の弱さとはここなのだ。

本当に疲れた時、脳内を統合できなくなる。

何度も疲れて、荒野から出ようしたけれど、ここにいなくてはならないと思っていたのはそのせいである。

統合できないから、あまりにうるさいから、脳のスイッチをぱちんと切って、ここにいるより他にない、もうここでいいと無理やり思っていたのだ。

私はそれを知っている。だから、荒野には降りれない。

でも、もう体力は限界だ。

みんなどこで休んでるの???

それとも休まずに力を振り絞るの???

それがわからない。

 

土曜日、ヒーローズジャーニーカンファレンスというものに行ってきた。

https://www.facebook.com/herosjourney55/

わからないわからない、と思い悩みながら、なんとなく去年買っていた「英雄の旅」という本を手にして、読み返していた時にトランスパーソナル心理学の勉強会で知り合った人から招待されたのだ。

ヒーローズジャーニー、英雄の旅…同じだ…と思い、行ってみようかなと思った。

HPを見たけれど登壇者で知っている人は一人もいなかった。

唯一、「神話の力」を書いたジョーゼフキャンベルは知っていて、とても面白い本だったので、その財団の代表者が出るなら聞いてみたいなと。

最初はそんな感じだったが、よく見れば依存症者のための独自の治療を考えた人やNLPの偉い人?なども出るのでだんだん楽しみになっていた。

けれども、当日、一番面白かったのは、やはり、メインの登壇者のカイルさんの話だ。

彼は僕を見て、探検家やアスリートだと思う人はいないでしょう、でも僕はそうなんです、と言った。

四肢がないからきっと〇〇だろう、というように誰かを思い込むのは、その人の多くの可能性を潰すことになると彼は言った。

そんな彼も10歳の頃、恋をして、僕を好きになってくれる人なんているのか、僕は他の人のように暮らせるのだろうかと悩み、毎日、目覚めたら両手両足がありますようにと願ったそうだ。

しかし、願っても叶わないことはある。

彼はここで、ヘンリー・デイヴィッド・ソローのお気に入りの言葉を言った。

「物事が変わるのではない、私たちが変わるのだ」

その通りなんです、手足がない状況は変わりません、でも、僕が変われば、取り巻く状況が変わりました、と彼は言った。

こうして、11歳の時、彼はアメフトチームに入り「きっとできない」のシナリオをどんどん自らで書き換えていくことになる。

彼の思い込みの枠を外していく楽しさの原体験は、3歳頃から、彼の祖母と遊び、語らう中で起きていた。

彼はその祖母の追悼のために、アコンカグアに登った。

もうすぐだけれど、もうとても登れないと思った時、さまざまなことが思い出され、無力感と絶望感が襲ってきた。

天候など多くの幸運に恵まれ、ガイドや友人たちの支えがあるのに、もう無理だ、と思った。

そんな彼にある瞬間が訪れた。

「死んでないからやめられない」

そう思った時、今、できることは目の前に見える1メートルを進むことだけだと気がついて、重い体を引きずるようにして進んだ。

1メートルを終えたら、また1メートル。その繰り返し。そして登頂に成功したそうだ。

 

私はソローのことを最近知ったばかりだから、ソローの言葉が出てきたのもとても驚いたけれど「死んでないからやめられない」という言葉にもとても驚いてしまった。

私は先日のカウンセリングで、もう彼は死んだと思うしかない、勉強をやめると言ったのだ。

http://reptile84.exblog.jp/13752699/

少し前、このブログを見つけた。多分、アディクション関連のことを検索していた時だ。

読んでびっくりした。この方の、ここに書かれている気持ちや状況は勉強を始めた頃の私と同じだったから。

結局、彼女の相手は死んでしまった。

目が離せなくなって、時間のあるときに読み進めた。

彼女は追悼に多くの労力と時間をかけたことがよくわかった。

そして、3周忌を最後に相手の話題はブログから消えた。

自然とそうなったのか、決断があったのか、はわからない。

私は彼がまだ死んでないことを知っている。

でも「そうか、私も彼が死んだと思えばいいんだ」とその時、思った。

そうしたら、彼のことを考えて、勉強する必要も無くなるし、忘れてしまうことができるのではないかと。

 

ヒーローズカンファレンスの主催者はアルコール依存症者の回復のための施設を作っているひとのようだった。

そのため、会場にはアルコール依存から回復の12ステップなどの本が販売されていた。

パラパラと立ち読んでみたら「家族ができること」「家族の勉強」「家族が変わる」、そればっかりである。

2年前よく見た言葉だ。

私は当時、それを見るたび、何かがおかしいと思っていた。

多少の知識を得た今、それを見たら、完全に、ふざけんなよ!!!!と怒っていた。

アディクションになる人は必ず家族がいるとは限らない。必ず家族と暮らしているとは限らない。家族がいても機能していない場合の方がはるかに多いのだ。

その家族のことで悩んだり、家族との繋がりが持てず愛着障害を抱えた異邦人のアディクションの率の高さを知らないから、そんなことが平然と書けるのだ。

それを知ったら、こんなこととても書けない。

そもそも、こんなこと書いてる人は異邦人の一人暮らしのアディクションに悩む人には一体どうしろと言うのだろう?そのまま死ねと言うのか?

私に「友達ができることは何もない」と言った専門家もいた。(私はアルコール依存の勉強会で「友達」として彼のことを話していた)

その無神経さを私は立ち読んだ本で久しぶりに思い出した。

どうしたらいい?何か方法があるはずだ。絶対に。絶対に。探さなきゃ。

それが私の勉強の原点だったのだ。

そして、私の先生に会ったのだ。

 

やっぱり、私が飛んだ方向は間違っていないのではないか?

やっぱり、私はもう少し勉強してみる必要があるのではないか?

だって、彼は死んでない。

そして、やっぱり私にとって、大切な人なのだ。

どのような関係であれ。彼が私をどう思おうと。

何より、今やめたら、私は荒野に着陸だ。

結局何もできなかったと思いながら生きていくことになる。

物事が変わるのではない、隙あらば「やっぱり荒野でいい」と荒野に居続けようとする私が変わる必要があるのだ。

でも、どうやって?カイルさんの1メートルに相当するのは、私にとって何だろう。

1冊?まだ読んでないまま放置された本が何冊もある。

ヒントがあろうがなかろうが、読んで調べていくしかないのだろうか。

私はそんなことを連休の最中、ずっと考えている。

カンファレンスに感化されてしまったのかな。

単純だね、バカじゃないのって思う自分もいるけれど、やっぱり私はものすごく腹が立っているんだ。

何が家族、家族、家族だ!家族のいる人は家族と一緒に壊れかけた家族を直して、助け合って、存分に家族ごっこを続けたらいいよ!完全に壊れていた家族育ちの私は勝手に家族が必要のない解決策を探すから!と。

やはり飛ぶしかないのである。力を振り絞って。怒りは結構な力のようだ。