Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

California Dreamin'

www.youtube.com

 

このMVを見て、すぐに香港だとわかった。

ウォンカーウァイの「恋する惑星」の映像と見まごうようなシーンもある。

それを見て、私の脳内はすっかり高校生の頃に戻ってしまった。

私は「恋する惑星」を3度見たのだ。

まだ高校生の私は香港も、映画に出てくる曲のカリフォルニアもよく知らず、でも3度も見たのだ。

高校生の頃、どこにも居場所がない私はよく川と映画館にいた。

新聞の料金回収者が置いていく映画の無料チケットは決まって毎月3枚。

私はそれで月3回、朝から夕方までずっと映画館で過ごした。

今のように各回入れ替え制ではなく、2つの映画が交互に上映され、居ようと思えば、ずーっと居られる仕組みだった。

だから、そこで見た映画は有無を言わさず、私の脳に入り込んでいる。

もちろんつまらない映画は寝てしまっていたから覚えてないけれど。

あの時間がなければ、私は映画を好きになってはいなかったと思う。

 

その後の人生で、私は我が家が購読していたその新聞社で働き、そこで出会った、映画が好きな人と結婚をする。

香港もカリフォルニアも未来のことも知らず、映画の中のフェイウォンのように、すっかり気に入ったcalifornia dreamin'をよく聴いていた当時の私が想像すらしなかった人生だ。

冬のグレーの空の下でカリフォルニアを夢見る歌詞のその曲を昔の私は果たしてどういう思いで聴いていたのだろう。

今の私が、彼女に会いに行ったら、彼女はどんな風に私の話を聞くだろう。

そうなんだ、私にしては上出来の人生なんじゃない?といって笑うかもしれない。

今の私は、昔の私に、彼のことまで話せるだろうか。

その後ね、やっぱり映画が好きで、あなたがいま行きたいなと思っている大学の芸術学部を出てて、あなたがいまなりたいと思っている職業の人と会うんだよ。

あなたが友達とよく見に行くエスニックショップの細かい刺繍のポーチあるでしょ?あなたがずっと見てても見飽きないあれだよ。いつか行けるかな、この少数民族に会いに行けるかなって思いながら見ているあれ、ね。

その民族のいるところ、その人のせいで行けることになるよ。

彼女はきっとびっくりするだろう。まさか行けると思わなかった、って。

そして、あなたは大学をよくよく検討するときに、ふと一瞬、心理学もいいかなあ、って思って、いや、やっぱ違うな、って思ってすぐにやめてしまうんだけど、その人のせいでそのほんの一瞬のことを思い出すの。

それってどういうこと?そう言って、彼女は少し顔を曇らせるかもしれない。

 

私は当時の私と何が違っていて、何が同じだろう。

私はとうに純粋さを失い、何かを無闇に夢見る力を失い、今にも墜落しそうだ。

私の人生は私に何を問うているのか。

あの頃の私は、一体、札幌の空の下でなにを考えていたのだろう。

迷宮のような、既にうまくいかぬ人生に散々翻弄されながら、それでも、いつかなんとかなる、どうにかなる、と、なぜ心から思えていたんだろう。

たくさんの映画を見て、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの本を読んで、あなたは何を感じていたんだろう。

同じ体を持ち、得意なことも苦手なことも同じはずなのに、今の私と何が違うんだろう。

あなたはどんな人生を生きたかったんだろう。

私、間違えちゃったのかな。どこかで。何かを。決定的に。

あなたが欲しかったもの、好きなもの、したかったこと、なんだったんだろう。

どうして私はそれを思い出せないんだろう。

あなたが夢見ていたカリフォルニアってどこだろう。

映画の中で違う二つの「カリフォルニア」ですれ違う二人は最後、カリフォルニアではない場所で出会っていた。

私も、いつの間にかすれ違ってしまっていた昔の私に、どこかで出会えるだろうか。