Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

記念品

私は、私の2年間の勉強は一体なんだったのか、私の人生において、どう位置付けたらよいのか、ずっと考えあぐねていた。

結局、私は彼にその知識を使うことができず、しっくりくる落とし所も見つけられなかったので、もう、私だけの知識として自己満足で終わらせることも悪くないかなと思っていた。

しかし、私は実際、自分史上最高に頑張っていたし、その成果は出ていた。

たった2年でここまで…と驚いてくださる先生方がいて、いつの間にか勉強会では専門的な勉強をしてきた資格保持者と心理学やセラピーにおける話が対等にできるようになっていた。

そんな私に、私はやはり、なにか記念品をあげたい気持ちがあり、それはなかなか消えなかった。

それが外的に効力を持っているか、持っていないかは関係がなく、あくまで「私が納得できる記念品」である。

自分で自分にあげる記念品なので、もちろん費用も自分持ちとなるから、納得感がなければならない。

 

それを私はやっと見つけた。

いまの私には決して安くない価格だけれども、学びの集大成としては、これ以上適切なものもないだろうと思われる内容だった。

セラピストや専門家向けとあったので当初は諦めていたけれど、連絡をしたら、参加を認めていただけて、本当にありがたく、嬉しかった。

https://theresahanaoka.jimdo.com/dare/

SEの理論のなかでも、特に愛着に特化したセミナーなので、知名度はなさそうである。

というか、私がDAReというものを全く知らなかったからそう思うのかもしれないが。

しかし、読んだ限りでは、ここまできちんとわかりやすくまとめている人がいるものなんだなあと感嘆する。

独学では学び得なかったことを知り、知っていることは更に理解を深められるように楽しんでセミナーを受けたいと思う。

 

モジュール3と4はどうするかわからない。

一介の主婦の趣味にしてはかなり高額になってしまうし、だいぶ先の話だし、資格を取ることが現時点での目的ではないから。

たぶん、私は自分の学んだことを彼ではなく、誰かでもなく、自分に生かすことが必要なのだと思う。

これだけ学んでも、生きづらさは変わることがなく、より静かな孤独が深まっている気さえする私のために。

でも、ひとまず、私は記念品を見つけた。

ここまで学んだ、という地点を見出せてよかった。

終着地点でも通過地点でもいい。

この地点が私の記念品なのだから。