Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

エナクトメント

エナクトメントという概念がある。

岡野憲一郎さんのブログから抜粋するとエナクトメントとは以下の通りだ。

エナクトメント[行動に表れること]精神分析状況において治療者ないし患者の意識化されていない心的内容が言動により表現されることを指す。

解離においてはこのエナクトメントは非常に重要な要素となる。

解離している人にとって、解離している部分とは当然見えないし、わからない。

そのため、解離の人を見る心理療法は基本的にクライエントにもセラピストにも四方八方が霧で何も見えないような中を進むことになる。

生育歴や心的外傷エピソードはもちろん道しるべとなり、ヒントとなるが、それ以外にも解離ポイントが多く隠れているのが解離の人たちである。

そして、それがどこにあるかわからない。

解離性障害の人は多くの場合、心理療法中に解離性遁走を始めることはない。

解離性遁走は一種のアクティングアウトと言える。

アクティングアウトというとBPDをすぐに思い浮かべるが、それ以外でも起こることだろう。

アクティングアウトが契機となり、セラピーが前進することも多い(もちろんうまく扱えればだが、うまく扱えなくとも、種は撒いたと言えるので失敗と言い切れるものでもない)。

つまり、解離の人にはアクティングアウトは起きにくい、その代わりに役に立つのがエナクトメントなのだ。

 

解離性障害に特徴的な症状として「させられ体験」というのがある。

https://susumu-akashi.com/2015/11/schizophrenia_and_dissociative-disorder/#6-2

こちらがわかりやすいので、そのまま引用すると

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)にはこうあります。

解離ではまず自明な自があって、そこに他が入ってくるのをどこかで感じている。自はその他の力に身を任せ、他になりきってふるまうことさえもある。 あくまで「なりきる」のであり、統合失調症の作為体験のように「させられる」ことはない。 「自に他を取り入れている」のであって、「自が他によって取り入れられている」のではない。(p150)

 私はこの「させられ体験」こそがエナクトメントなのではないかと思っている。

心的外傷を持つ人が、心的外傷の再現や再演が起きやすいというのは、心的外傷時と似たようなシチュエーションにおいて、このエナクトメントが発動するからなのではないかと思う。

それは心的外傷を似たような違う形で体験することにより、記憶の上書きをして、心的外傷時の痛みやインパクトを緩和しようとする無意識の力とも言えるだろう。

私自身の体感、体験を正直に書くなら、人はいつなんどき、何をしでかすかわからず、それが私への攻撃にいつ転じるかわからぬ怖い存在である。

しかしながら、少し考えればわかる。

世の中の人が皆、あらかじめ怖い要素を持った存在だったら、大変である。世の中はもっと殺伐としていたっておかしくないのだ。

では、なぜ、私が、そのような攻撃に”さらされまくる感じがする”のか?

この答えがエナクトメントなのである。

私の無意識の力で他者を怖い存在にさせてしまっている、というわけなのである。

私のトラウマが、私の/相手の無意識下でシナリオを書き換えて、私の「させられ体験」になるようにしていると言ってもいい。

決して、運が悪いわけでもなく、そのような星の下に生まれたわけでもなく、私の無意識が、勝手にそうしているのだ。

 

エナクトメントは

https://susumu-akashi.com/2017/05/rhythm-dd/#HSP

ここで書かれているリズム引き込み過剰にも近いものを感じる。

私自身はHSP解離性障害と思われるが、もし引き込み過剰だとするなら、エナクトメントの力も過剰なのではないだろうか?

まるで台風の目のごとくに。

私は多くの人から「セラピスト向き」と言われてきた。

実際、私はいろいろな人にいろいろなことを”語られる”し、いろいろな話を”聞かされる”。

その時、私はセラピスト、ないしは、まるで小さな子の話を聞くお母さんを”させられる”感覚である。

私はそんな状態を望んでなどいない。むしろ逆で、恐ろしく疲れるのでやりたくない。

でも、そうなる。事実として、そうなり続けているのだ。

それは決して私にセラピストとしてのプレゼンスがあるわけではないのだと思う。

私の無意識が、人とのかかわりのシナリオをそうなるように書き換えているだけだ。

私は幼稚園の頃から延々と母の愚痴を、呪いの言葉を聞かされ続けていた。

そのトラウマを少しでも軽減させたいがために、私の無意識が、他人をそこに引き込みまくるエナクトメントが起きているのではないだろうか?

 

このことを考えていたら、思い出したことがあった。

私が知る中で、最も勘がよく、何かを見る力のある人であるところの彼は、言った。

「お前といる時の俺はおかしい、いつもと違う、お前といる時だけ、なぜペラペラと自分のことを話してしまうのかわからない、怖い、お前といる時の俺は虚像なのだ」と。

これはもしかしたら、全く正しいことなのではないか?

なぜ、私は、繰り返し、繰り返し、同じような事態になるのか?

私は、そんなことが起きる世界や同じようなことを言う人々が不思議で仕方がなかった。

しかし、私の無意識がエナクトメントとして、それらを作り出しているとしたら、全て納得がいくのである。

そして、何かは知らずとも、気配として、確実にそれを感じ取っていたのは、やはり彼だけだったのであろう。私は驚きを隠せない。

私は超HSPだと言われている。

HSPでも引き込み過剰の台風のような状態だとするなら、超HSPは巨大台風とも言えるだろう。

エナクトメントも強力ということになる。

困った。私の無意識がエナクトメントをやめるにはどうしたらいいのだろう。

このエナクトメントをどう役に立てるか、それが私の治療の一番のポイントに間違いない。

ただ、一つ言えるのは、このように意識に上がった時点で、もう完全な無意識で行われることではなくなったということ。

私にできるのはエナクトメントの気配を感じたら、注意深くトラッキングすることだ。

私の意識が無意識に追いつけば、それを止められる。