Journal de la Rive Droite 右岸通信

物理的には私は右岸にいる 精神的には左岸にいる これは右岸と左岸に解離している私の通信記録

September

Mariya Takeuchi - September - YouTube

 

昨日はSEだった。SEを受けると、なんとも表現しがたい感覚になる。

施術の最後にはしっかりグラウンディングするし、施術中にも身体に少しでも凍りつき反応(解離の一歩手前)が出た時はゆっくりとそれが収まってくるまで待つので、明らかに離人感や解離ではないのだが、終わって、外へ出ると、どことなく世界全体が膨張しているような気がするのである。

行き交う人々、見慣れない目黒駅の風景を眺めながら、この膨張感はなんなのだろうと思う。

答えは出ない。

そのまま三田線、浅草線と乗り継いで、地下鉄の中で先生からもらった資料に目を通す。

 

私はインテーク時に「ガイアタイプ」と言われた。

「このタイプなら大変だったでしょう、とても疲れるでしょう」

先生はそういって簡単にガイアタイプの説明をしてくれたが、私はより詳細が知りたかったので検索したり、手持ちのSEの本を読んだが記述が見つからなかった。

英語で検索しようとしてもそもそも綴りがわからないのだ。

試しに”SE gaia"と検索すると全く違うことになる。

多分何かの頭文字をとっていて綴りは独特なのだろうと思われた。

そのため、先生に調べたけれど、わからなかったので資料が欲しいと言っておいたのだ。

もらったばかりの資料を見るとGHIA(GLOBAL HIGH INTENSITY ACTIVATION)とあった。

やっぱり、頭文字綴りだったかと思いながら読み進めた。

 

端的にまとめられた言葉の一つ一つを静かにゆっくり読んでゆく。

一通り、読み終わって、先生と同じようなことを思った。

「こんな感じじゃ、とても疲れるし、大変な人生だよなあ…」と。

*GHIAは中枢神経系全体の膨大な刺激と活性化を伴うカテゴリーであり、身体の生理機能すべてに影響を及ぼす。この状態では有機体全体が終末期の生存反応に向かう。

*自己調整の能力がほとんどない大規模な覚醒。システムは完全に「オン」になっているか完全に「オフ」になっているかで、これらの両極端の中間にある反応はほぼアクセス不可能である。

*過度な一体化や一体化の欠如は一時的に生存のための重要な戦略となる。

*刺激に対する自分の反応を処理することがクライアントにとっては非常に重要に感じられる。なぜならこれこれがシステムの圧倒やそれと同時に起こる崩壊、過覚醒、解離を防ぐために用いられる主要な対処メカニズムだからである。

何度も読み返し、これじゃあまりにも気の毒な人生だ。

大雪が何日も降り止まず、永遠に春の来ない街で一人、一生懸命雪かきをするが力尽きてしまい、何もできないまま、雪が降り積もるのをただ見ているような、その瞬間、やっぱりこれじゃ雪に埋もれて死んでしまうからだめだとまた雪かきし始めるような、その繰り返し、終わらない静かな地獄。

雪は音を吸う。静かで終わることのない死ぬまで続く大雪と雪かき。

資料の平坦で端的な言葉の向こうから、そんな必死なイメージが浮かんだ。

 

資料をバッグにしまい、地下鉄を降り、階段で駅の外へ向かう。

ふと、そこで、我に帰り、あ、そうか、これが私なんだ、これに気づかず、私は30年以上生きてきたんだ、と初めて気がつく。

自分の解離にも気がつかず、自分の身体の疲れや緊張にも気がつかず、ひたすら雪かきをして生きてきたのだ。大雪と雪かきこそが人生なのだと思って。

私のこれまで人生って一体なんだったんだろう。

精神と身体がまるで一致せず別人のように存在していた私の人生。

そこまで思い至った時、私は涙を抑えることができなかった。

みるみるうちに溢れる涙は頬を滑り、どうすることもできず、とっさに下を向くと、階段に向かって涙が何粒も落ちていった。

私の精神と身体が急激に近づき、ぴたりと重なった瞬間をもたらしたのは彼だった。

初めて感じた、この人といると、息がしやすい、身体が楽だという感覚。

あの感覚があったからこそ、そして、それが失われてしまったからこそ、私は精神と身体、ふたつに分かれてしまっていた私という存在に気づくことができたのだ。

私は、私の人生は、彼に助けられたのだ、と、はっきりわかったからである。

 

今、私は竹内まりやのSeptemberを聴いている。

彼と外でご飯を食べている時、彼のiPhoneにとにかくたくさんぎゅうぎゅうに入っている曲を見せてもらっていた。

もうすぐ9月だったし、私は目についたこの曲について話した。いい曲だよね、と。

再生ボタンを押してイヤホンの右と左を彼と分け合って聴いてみた。

彼はからし色のシャツ…と言った。

たことない、からし色のシャツ着てる人なんてと私は返した。

そんな時間にしたら5分もないであろうことを私はよく覚えている。

こんな些細なことをなぜ覚えているのかはわからないけれど、3年越しでやっと私は、あの頃の私に何が起きていたのかはわかるようになった。

もし、あの頃の、まだのんきに彼のことをただ新しくできた友達だと思ってる私に、タイムマシーンに乗って行って、何か言えるとしたら、少し前の私なら、大変なことが起こるから、彼にはもう会わない方がいい、と忠告しただろう。

でも、今の私なら、その時間を大切にして、と言うだろう。

ただ、いつだって、何も言えないのだ、過去の私に、未来の私は。